第7話 「魔王を妻にします!」

 魔王城、魔王の間。


 あの激闘が繰り広げられてから、まだ一日も経過していない。私はまたこの場所に帰ってきた。


「ホーリーライト」


 辺りが光で満たされる。魔王の部屋を聖魔法で明るくするのは皮肉か。まぁ、これから行う事に比べれば大した問題ではない。


 激闘の中で対峙たいじした魔王の姿を思い浮かべる。ああ、やはり美しい姿に間違いはない。早く会ってみたい。


 私は右手の指輪を見つめ決意する。右腕を頭上に上げ、指輪をかざす。


「封印の指輪よ、我が命により、その封印を解き放て!」


 力強く命じたその直後、指輪に光が宿り、封印されていたものは地上へと解き放たれる。眩しい光を帯びたその身体から、徐々に光は消えその姿を現す。


「よし、成功だ」


 私の目の前に魔王クライスラインが現れる。その身体は戦闘での傷を完全に回復し、折った角も元通りになっている。


 美しい! 美しすぎる! 私はよくこの存在と戦っていたと感心さえした。



「ここは、一体?」


 意識を取り戻した魔王がたずねる。


「魔王の間だ」


 私の言葉に魔王が辺りを見回す。


「おお! 確かにここはわらわの部屋じゃ。元に戻ったのか」


 魔王がたずねる。私はその姿に見惚みほれてしまう。


「はい。死なないように封印し、再び復活に成功しました」


 私の言葉に魔王がきょとんとしている。


「おぬしは誰だ? ん? どこかで見た顔だな」


「私はタクト=ヒビヤ。勇者と共に貴女と戦った人間です」


「何と。おぬしがわらわを救ってくれたというのか」


「結果的にはそうなりますね」


「なぜ、そのような事を?」


 魔王の問いに一瞬躊躇ちゅうちょする。が、言わねばならない。ここまで来たらもう後には引けないのだ。


「貴女と話がしたかった、から」


「そうか。救ってくれたのだから、話すことを許そう。そうじゃ。わらわの命を助けた事に免じて、おぬしに何か一つ望みをかなえてやろう」


 私の心臓の鼓動こどうが高鳴る。エレノーラ様との会話、グレッグとの会話が次々とフラッシュバックする。そして、過去のあのまわしい記憶さえも。


「さあ、望みを言うがよい、人間よ」


 魔王クライスラインは真っぐな瞳で私を見て言い放つ。


 私の望みは…… 私の望みは……



「では、魔王クライスライン様……」


「うむ」


「私の望みは……」


「……」


 私はその場にひざまずいた。




「私は、貴女が好きです! 私と結婚してください!!」




「!!!!」


 言ってしまった!! しかもあの時と違って魔王から目が離せない。片時たりとも、あの美しい瞳から目が離せないのだ。


 だが結果はわかっている。殺される。確実に。


 全身が震える。だが目が離せない。死ぬとわかっていても、フラれるとわかっていても、離せないのだ。


 この世界の人類から背徳者とののしられてもいい。私の命が奪われても、あの時のように深く傷ついても、もうどうでもいい。


 今この瞬間だけでも、この女性の美しい姿をながめていたいのだ。


 沈黙が流れる。ああ、それはもうわかっている。



「フフフ……」



 魔王の口角こうかくが上がりみがこぼれる。断罪の時が近づく。私の鼓動こどうは更に早くなる。



「ハッハッハッ!」



 嘲笑ちょうしょうなのか。私の心に深くくさびが食い込む感覚がした。それもわかっている。覚悟が足りなかったのか。



「面白い!!!」



 えっ! どういう事? 私の理解が追い付かない。




愉快ゆかいじゃ! 気に入った!!!」




 私の頭が真っ白になる。あの時と同じ。いや、そうか?




「それがおぬしの望みというなら、わらわは結婚を受け入れようぞ!」




「ええええええっ!!!!!!」


 しまった! 心の中だけのつもりが、つい言葉に出てしまった!!!


「何じゃ? 違うのか?」


「あ、いえ、違いません!! その、えと、あっ、嬉しさがこみ上げてしまいまして、つい……」


「そうかそうか。ならよい」


 目の前の魔王は微笑ほほえんでいる。信じがたい光景ではあるが。私は、認めて頂いたのだ。


 人間の女性にすら認められなかった私が。



「あっ、あっ、ありがたき幸せ!!!」



 私は深々と頭を下げる。というか、下げずにはいられなかった。涙がこみ上げ止まらなくなってしまう。


「いいから、おもてを上げてくれ」


「は、はい!」


 私は頭を上げ、その女神のごとくキラキラ輝く美しい姿を拝ませていただく。私の目の前にいるのは、確かに敵として対峙たいじした魔王なのに。


「もう一度確認するぞ」


「はい」


「人間であるそなたの望みは、『この魔王であるわらわと結婚し妻とする』ということでよいのじゃな?」


「はい! 私は持てるすべてで、生涯をかけて貴女を愛します!」


「よかろう。では、わらわもそなたと結婚し、共に生きようぞ」


「ありがとうございます。魔王様!」


「わらわの事はレイアと呼ぶがよい。そして堅苦しい言葉は不要じゃ」


「はい。本当にありがとう、レイア。私の事はタクトと呼んでください」


「あいわかった」


 涙が止まらない。まるで今までの心のくさびをすべて洗い流すかのごとく。私は今日のこの日、この時の事を生涯忘れることは無いだろう。たとえ死んだとしてもだ。


「タクトよ、では誓いの指輪を授けよう」


 レイアは一対いっついのリングを出現させる。その一つをつまみ、私に差し出す。


「まずはこれを受け取れ」


「はい」


 言われるがままにリングを受け取り、右手に握る。


「まずはわらわからタクトにさずける」


 レイアは宙に浮いているもう一つのリングをつまみ、私に近づく。


「指を差し出せ」


 私は言われるまま、左手を差し出す。レイアは私の薬指に、ゆっくりとリングをはめる。


「うむ。これでよい」


 リングは金色と虹色の光を交互に放ち、まばゆくかがやいている。


「では、次はタクトからじゃ」


「はい」


 私は手にしたリングをつまみ、レイアが差し出す左手の薬指に慎重しんちょうにはめる。リングは確かに魔王の指でかがやきを放つ。

 

「レイアを妻にし、生涯しょうがい愛することを誓います」


 指輪をはめ終えた私は、神々こうごうしいレイアを前に宣誓せんせいする。


「うむ。わらわも誓う」


 レイアも自然な感じで呼応するように宣誓せんせいする。


 私は吸い寄せられるようにレイアに近づく。レイアもまた私に近づき、互いの身体を重ね抱き合った。


 レイアの腕、背中、そして胸の肉感が私の肌に伝わる。魂が天国まで持っていかれそうな得も言われぬ感覚。


 無抵抗なレイアの唇が迫る。私は本能のままに、自ら距離を縮める。柔らかい唇が重なるのを感じ、私は全ての時空を堪能たんのうする。レイアも更に深く、愛を確かめに堪能たんのうし始める。


 酸素の欠乏がふたりを引き離すまで、私達は愛を確かめあった。私とレイアをはばむものは他には無い。




 こうして、魔王レイアと私、タクトとの結婚の儀は、意外にもつつがなくり行われたのである。


 こんな可愛くて美しい女性が私の妻って、いいのか本当に? 幸せ過ぎるんですけど!!


そんなよこしまな事を考えていると、不意にレイアから提案が出る。


「タクトよ。場所を移動するぞ」


「え?あ、はい」


 私は言われるがまましたがう事にする。



 私はレイアのテレポートで共に移動する。どうやらここは魔王の個室のようだ。私はこの後、戦慄せんりつすることになる。



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ここまで読んでいただきありがとうございます。次回も引き続きよろしくお願いいたします。


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