第1話 「魔王との決戦」
魔王城第十階層、魔王の間の前に我々はいる。
クラヴェール王国国王、クラヴェール五世の勅命により、
勇者イグノール率いるパーティーは、魔王国領、魔王クライスライン討伐に向かった。
魔王軍との七日間の長きにわたる戦いを繰り広げ、ついにここまでたどり着く。
「全てはこの後戦う魔王を倒すため。俺に、今一度みんなの力を貸してほしい」
イグノールは皆に向かって言った。
「あぁ、わかってるぜ」
聖騎士団長バルドスが拳を固める。
「油断せず行きましょう」
剣聖クロ―ディアが続く。
「みんなにバフをかけるよ」
大魔導士メリエラが詠唱を始める。
「私も手伝う」
私はタクト=ヒビヤ。25歳。三か月前に異世界から召喚され、賢者として冒険者をしていた。
半月前に国王陛下の勅命で彼らのパーティーに加わり、共に行動している。
メリエラと私で筋力強化、魔法耐性、状態異常無効化、属性耐性、ダメージ耐性の魔法を分担して皆にかけていく。
詠唱は三分ほどを要した。
「よし、これで全部」
メリエラが最後のバフをかけ終わり、準備が整う。
「ありがとう、メリエラ、タクト。行くぞ!」
イグノールは、バルドスと共に魔王の間の大きな扉を力強く押し開いた。
目の前に巨大な広間が現れる。
その奥に玉座があり、魔王らしき者が鎮座している。
「魔王クライスライン!」
イグノールが雄々しく言い放つ。
「我こそは勇者イグノール・リュシアス! お前を倒しに来た!」
クロ―ディア、バルドスもイグノールに続き、配置につく。
その後にメリエラと私も配置につく。
そして玉座の魔王を見た直後、私は一瞬硬直した。
魔王は人間の20歳前後の女性のような姿をしている。
二本の黒い角に紅く長い髪。
黒いロングドレスを着用し、その上から紫色の鎧をまとっている。
首には大きなエメラルドのネックレスが光っている。
女性型の魔物はそう珍しくはない。
様々な誘惑や策略を敵にしかけるのは魔物の常套手段だ。
事実、第九階層までに様々な女性型の魔物を相手している。
だが、私の目に映ったその姿は、今まで出会ったどの女性よりも美しかった。
一瞬、チャーム《魅了》が掛けられたのかと疑ったほどである。
「ここまでよく来たな、勇者よ。その武と才、称賛に値する」
魔王クライスラインの言葉が響きわたり、私は我に返った。
高くも低くもない魅力的な声だが、威圧感を伴い、私を正気にさせるには十分だった。
「だが、お主らの命運もここまでだ。わらわが直々に相手してやる」
そう言い放つと、魔王は巨大な異形の姿に変身していく。
瘴気と魔素が、ほの暗い広間に充満する。
昔ゲームで見たラスボスによく似た姿。いざ目の前にすると、絶望感さえ漂う。
元の世界で出現していたら、恐怖で何もできないだろう。
状態異常無効化の魔法をかけていても、これまで以上の威圧感がビリビリと伝わってくる。
私が先に感じていた雑念はもう無い。皆も魔王が放つ威圧感に少々圧倒されている。
「エクストラプロテクト!」
私は即効聖魔法を詠唱した。皆に来る直前に掛けた精神軽減バフを重ね掛けする。
「みんな、大丈夫か?」
私が声をかけると、皆が落ち着きを取り戻した。
「ああ」
「大丈夫だ」
「すまないタクト。参る!」
イグノールとクロ―ディアが突っ込む。それに合わせてバルドスが援護する。
メリエラも魔法詠唱を始める。
「守りは任せろ!行け!!」
「我、勇者の力を示す!覇王昇山波!!」
「食らえ!聖王無双斬!!」
「焼き尽くせ!煉獄の炎!!」
皆が各々、必殺の剣技、極大魔法を幾度も繰り出す。
それぞれの技は確実に魔王へダメージを与えていく。
魔王の身体から血しぶきが上がる。
「これほどとは。驚いたな。わらわも本気を出さねばなるまい」
魔王は瘴気をさらに発動し、身体を修復すると、バリアのようなものを張った。
「なんだこの圧力は!ぐおおおおお!!」
前衛で盾を構えていた王国一の怪力の持ち主、
バルドスが強烈なバリアの圧力に跳ね返されてしまう。
「くそっ、剣が通らない!」
クロ―ディアの剣技もバリアに弾き飛ばされる。
それまで確実にダメージを与えていたイグノールの剣も、空しく剣打の音を響かせる。
「ウォータープレス!」
「グレーターアーススピア!」
メリエラが連続詠唱で追撃するが、バリア結界の前に阻まれてしまう。
「攻撃が効かない」
皆の顔色が苦悶に染まる。場の空気が圧倒的に悪い。
その直後、
「ダークネストルネード」「エターニティーオブトーチャー」
魔王の連続攻撃がパーティー全員を襲う。皆が後方へ吹き飛んだ。
耐性バフを突き抜け、激しい苦痛で倒れたまま動けなくなってしまう。
「このままでは…」
イグノールが何とか立ち上がろうとする。そして私も力を振り絞り立ち上がった。
あのバリア結界を何とかしないと戦況がますます悪くなってしまう。
「コロシオン・ニュートライゼーション!」
私は闇魔法を発動した。魔法が結界の効果を中和させていく。
「よし、いける!」
すかさず次の即効聖魔法、ホーリーマイトを念じる。
聖なる光が発動し、魔王の結界を包み込み、完全に消滅させる。
「バカな!闇と聖の魔法が使えるのか!?」
魔王はたじろぎつつも、瘴気をさらに増幅させる。
「バリアが破れたとて、わらわにはお主らの刃は届かぬ!!」
「みんな、今だ!一気に攻撃を!!」
私はあらん限りの声で皆に伝える。
クロ―ディア、バルドスの波状攻撃、メリエラの連続極大呪文、
そして、勇者イグノールの必殺の一撃!
魔王の身体は砕け散り、元の女性の姿に戻った。
イグノールの一撃で魔王の角が斬り飛ぶ。
魔王クライスラインは力尽き倒れ、地面の衝撃音が響きわたる。
傷つき、頭から血を流している。
「あり得ぬ。ここまでの力とは…」
「お前を屠る!!」
イグノールが剣を突き立てようとしたその時、
「ホーリーエクスプロージョン!!」
私は聖魔法を魔王に打ち込んだ。
魔王は聖魔法の光を浴び、赤く丸い宝石のような形に姿を変える。
「タクト!!」
イグノールは後ろを振り返り、他の皆はその光景に呆然とした。
「テレポート」
私はイグノールの隣まで移動し、宙に浮かぶ赤い宝玉を両手で掴む。
「一体なぜ!?」
状況が呑み込めないという表情でイグノールが私に尋ねる。
「まだ、とどめを刺してはいけない」
私はそう言うと、宝玉を左手に移し、右手中指にはめている指輪をかざした。
「封印の指輪よ、その力を示せ」
詠唱すると、指輪が光り、宝玉を吸い込んでいく。
「どうしてだ、理由を説明してくれ」
クロ―ディアが叫んだ。
「俺もわけがわからん」
バルドスが続く。メリエラも頷く。
「わかった。事情を話すよ」
私は皆の方を向いて説明を始めることにした。
「実は…私は国王陛下の事を信用できていないんだ」
そう、私はこの世界に召喚され、初めて国王に出会ってから今に至るまで、
国王クラヴェール五世の事をどうしても信用できずにいる。
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