第2話
「泉名さん、歌い骸骨って知ってます?」
開口一番、安野が口を開く。
「ああ、鹿児島とか、確か新潟にも伝わる怪談だったかな。シャレコウベが歌うんでしょ。東北に行けば踊り出したりもするし、日本全国、骸骨は歌ったり踊ったり忙しいからねえ」
泉名が訳のわからない相槌を打つ。
「そうですそうです。殺された男に復讐するために骸骨が歌い出すってやつ、さすがお詳しいですね」
「あのぉ、骸骨が歌うとか踊るとか…何の話ですか」
「ああ、知らないトラくんのためにも紹介するとね」
別に対して興味もなかったが、知らない話で盛り上がられるのも癪なので聞いてみることにした。
話はこうだった。
ある貧しい村の男二人が、江戸に働きに出た。一人は熱心に働き、商売もうまく行っていたが、もう一人は対して働きもせず、従って貧乏なままだった。
働きに出てから暫く経った頃、二人は村に帰ることにした。
しかし一人はどうにも金がない。仕方がなく働き者の男が金を貸すことになった。そして村へ帰る道中。片側が崖になっている山間の道で金のない男の頭の中にある考えがよぎった。
いつか金を返さなければならない。そんなのは嫌だ。ならばいっそ──
男は悪心を起こした。何かと理由をつけ、金の入った荷物を預かる。そして背後から、働き者の男を崖から突き落とした。
翌年のこと、再び貧乏人の男は働くために江戸に向かった。そして例の谷に近づく頃、美しい歌声が聞こえてきた。不思議に思いあたりを見回したところ、去年殺した男の髑髏が歌を歌っていた。
男はこれを利用しようとした。見せ物にすればきっと儲かるに違いない。
思った通り、江戸での評判はすこぶるよかった。
見世物市は常に人だかりが出来るほどの大盛況であった。当然金も儲かった。
金のなる木を見つけた男は有頂天となった。
噂は広まり、遂には役人がやってきた。役人は疑った。いや、怪しい男を取り調べようとしていたのだ。
男は言った。
絶対に歌います。さあさあ見ていっておくんなさい。しかし髑髏は歌わない。なぜだ、さあ、いつもの様に。ほら、ほら。
漸く髑髏は歌い出した。
「さていつぞやの夜、この男に殺された。許してはなるものか」
役人は訝しみ、取り調べを行った。
その結果、相棒を殺し金を奪ったことか明るみに出た。
男は打首となったそうだ。
「という話しだよ。それで安野さん、その歌い髑髏がどうしたんです?」
「それがですね、実際に歌い髑髏を持ってるっていう人がいて。先日、名古屋のほうで怪談イベントがあって呼ばれたんですけど。打ち上げで仲良くなったお客さん、ヨシオカさんって方なんですけど──見せてくれた」
「ほう、それは面白いですね。歌いましたか」
ある訳ないだろう──と思ったが虎元は黙っていた。
「はい、ある人から譲り受けたそうで。流石に持ち歩いてはなかったみたいで、その人が泊まっていたホテルに上がりこんで見せてもらいました」
「本物の骸骨だったんですか?」
たまらず虎元が口を挟んだ。
「それがどうみても本物の人骨で。しかも綺麗に磨かれてましたよ。触らせてもらいましたがあれは本物だ」
「ってか安野さん、人骨なんて触ったことあるんですか」
「まあそりゃいろんなところで。百年前のものから最近のものまで。お陰でちょっと見れば偽物なんてすぐわかるようになりました」
もはや呆れるしかなかった。
「それで、やっぱり歌い出すんですか?どんな歌なんです?」
泉名は歌ったかどうかしか興味がないらしい。
「頭蓋骨の頭をね、ポンっと叩くんです。そうすると壊れたラジオみたいな感じで、モヤモヤと声を出す。そのうちはっきり聞こえるようになってくる。
ええと、あの、マイウェイでしたっけ。昔の洋楽の」
「フランクシナトラですか。随分とハイカラな歌い髑髏だね」
「ええ、そのシナトラです。現代版歌い骸骨だとそうなるんですかね、まあエミネムとか歌われるよりはだいぶマシです、ははは」
「そりゃそうだね。叩くたびにちゃんと歌ってくれるのですか?骸骨だって何回も繰り返してりゃ疲れてくるでしょう」
「何回か叩かせてもらったんですが、たまにはモニャモニャ言ってるときもありましたけど。基本的にはちゃんと歌ってますね」
「ああ、それは素晴らしい。世の中には面白いものを持ってる人もいるのですねえ、私も見てみたいものです」
悪趣味な連中だ、と虎元は思った。しかし心底楽しそうにしている。悪気はないのだろう。
「ああ、それでなんですが…その人、いなくなっちゃって。結構いい時間だったんで、日を改めて話を聞きたいと思い、後日会おうと。次の日も朝からイベントの準備だったので、さらにその翌日。まだ名古屋に滞在してるということで取材の約束してたんですが。
そのヨシオカさん、どうやらホテルに荷物を残したまま姿を消してしまった。ホテルの人も困ってましたよ」
「髑髏も一緒にどこかへ?」
「ええ、知人だと言って無理くり荷物を見せてもらいましたけど、どこにもない」
「残念だな…吉岡さん自体が幽霊でしたか」
「いやほんとに。これならあの日動画でも撮らせてもらうんでした。一生の不覚です」
人一人が行方不明になったと言うのに、緊張感というものがまるでない。安野と泉名にとっては骸骨こそが主役であり、持ち主はただの脇役程度の認識なんだろう。
「まあそんなんなんで、もしお暇でしたら調べて見て下さいよ。雑誌に載せられるようなネタが手に入ったら謝礼でもお支払いしますよ」
それから小一時間ほど、やれ夜泣き石は実在したのか、だの、八尺様は妖怪か、とか口さがない話題を熱心に話した挙句、また来ますね、といって帰っていった。
あの髑髏の唄が聴こえたら @senbyo31
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