第6話
「更にその源水から出る湧水は、死者をも冥府から呼び起こし踊らせるほどの力を持っている、そういう話もあったようです。
シスイとは神の水、神水が転じてつけられた呼び名と伝えられています」
「そ、そんな水が実際に存在したのでしょうか」
相間が口を開く。
「いえいえ、流石にそれは無いかと思います。今でもシスイの信仰はありますから信じている方もいらっしゃいますが。
但し、実際に山伏達は里の人に比べて遥かに長生きしていたみたいです。更に、厳しい山での暮らしにより脚も速くどんな岩場も瞬く間に移動して行く。里の人々からは超人的な能力を持った集団と、そんな風に見えていたのでしょう。
長寿や健康の裏には何かがあるに違いない──そんな疑念や羨望の発露として山の外の人々の考えから出来た言い伝えなのでは、と私は考えています」
「ど…どこかにまだ見つかっていない源水がある、ということはないですか」
取材役の佐和田を差し置いて再び相間が口を開く。
「そうですね、広く、複雑な地形をした山ですし、湧水は其処此処で出ています。ないとは限らないかもしれませんね」
取材を終え、車に戻った佐和田が口を開く。
「おい、お前カメラマンだろ、聞き取りは俺の役割だろ。お前がしゃべってどうすんだよ」
「す、すいません…つい気になって」
***
後日、無事昼の情報番組でP市の見どころランキングは放送された。評判もまずまずだったようで、番組のディレクターからはまた別の市の紹介映像もお願いしたい、と言われた。
佐和田は企業のインタビュー映像の制作で忙しくしていたある日のこと。遅くまで編集作業をしていたせいで会社にはもう誰もいない。そんなとき、久しぶりに相間が会社を訪れてきた。
相間はG山の話を聞いてから立て続けに仕事でミスするようになり、疲れも溜まっていたのだろうということで暫く休んでいた。
久しぶりに相間の姿を見てギョッとした。
全身は枯れ木のように痩せており、頬は痩け、皮膚は弛み、まるで病人のような姿だった。目だけはギョロっと見開き充血している。
どう見ても異常な姿だった。
「相間、お、お前大丈夫かよ。誰かわかんなかったぞ」
「佐和田さん、俺、見つけたんすよ。神の水、シスイっす。やっぱり実在してたんですよ。
アレを飲み続けてたらめちゃめちゃ調子いいんすよ」
「はあ?お前しっかりしろよ…ってかお前休んでる間ずっと探してたの?」
「いや、あの日、遠くに人影が見えたじゃないっすか。あれ、山に住む人なんじゃないかって思って。声かけたんすよ。そしたら教えてくれたっす。
ヤバいっすよ、小さな泉なんすけど、青く光ってるんすよ。俺もうそれ見たとたん神さまの水に間違いないって思っちゃって。ふふ、ハハハ」
相間は異常とも思える表情で笑う。
「お、落ち着けよお前、その人影って姿はちゃんと見えたのか?どんな奴だったんだよ」
「いやあ、近づくと離れて行っちゃうんすよ。ただ、泉のある方向を、こうやって指差して教えてくれる」
腕を上げどこかを指差す姿勢をした。
「それに佐和田さん、その泉にさ、ご老人もいて。あれは百歳は越えてるんじゃないかな、マジで仙人みたいな爺さんっすよ。やっぱあれ長寿の水で間違いないっすよ」
「お、お前さ、その人影…ひょっとしてずっと着いてきてないか」
「ああ、やっぱりですか!佐和田さんにも見えるんですね!」
あの日山を降りた日から──佐和田にも見えていた。車での移動中、自宅から見える景色、会議中ふと目線を上げた先。遠くのほうで山の方角を指差すあの人影が。
今だってそうだ。相間の肩越しの先、事務所の端に黒い人影が…ある方角を指差すようにぼうっと立っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます