第7話 機械人間ササゲ

「石田さん、最近顔色悪いですよ?」

 隣の席の相沢が声をかけてきた。

「色々、悩むことがあるんだよ。」

 年上の貫録を見せつけようと、両腕を組んでうんうん頷く。

「娘ちゃんですか?前のバーベキューでは、随分大人しそうでしたけど。難しいオトシゴロ?(笑)」

 真白が原因と思ってるのか?失敬な。

 悩みがあるのは事実だが、いかにも口の軽そうなこいつに相談はできない。

「仕事しなさい。」

 ぴしゃりと言い放つ。

「真白ちゃんと年の近い子いる人いるじゃないですか。たまには声かけて一緒に出掛けてみればいいんですよ。子ども同士の話もできるし、大人同士の話もできるんだから。」

「誰かいる?」

 逆に聞いてみた。

 昔は真白に古着を貰っていたから、ちょい上の女子はわかる。面識は…記憶にないな。真白は昔は実年齢より小さくて心配していたが、いつしか後ろから数えるほど背が高くなった。同い年からお古は来ないから、2つ3つ上だとすると高校生だ。そんな娘が親と一緒に出掛けてくれるか?

「仁恵さんなら喜んで来るでしょ(笑)」

 相沢が断言する。なぜ?

「まゆちゃん、辺さんも石田さんとなら来てくれるんじゃないですか?」

「どうして言い切れる⁉――ってか、まゆちゃんとこは小学生じゃ…?」

 記憶を辿って、親子参加だったバーベキューを思い出す。

 2年前だ。誰が言い出したのか、夏休みに従業員と家族を集めてのバーベキューをした。近くの河原のバーベキュー場だ。参加者も多く、盛り上がったのを覚えている。

 確かに。まゆちゃんは上が真白と同じ中学2年生だ。女の子二人で、下の子は小学校の高学年かな?辺さんところはうちより大きいけど、下の子が真白と1つ違いだったような気がする。他にも1つ2つ違いの子はいた。でも――。

「仁恵さんの子どもは男の子だよ。」

 男の子…というか、男子生徒だった。気遣いのできる子で、他の子どもたちを束ねて手伝わせていたな。真白も世話になった。家でも家事を手伝っているのだろう。そんな様子をうかがわせる子だった。今は多分、高校生か。

 疑問に思って聞いてしまった俺をじっと見つめて、低い声で相沢は言った。


「独身男は三人しかいないんすよ。」


 いつものおちゃらけた口調とは違う。が、すぐにいつもの調子で続けた。

「石田さん、無自覚なんすよねー。俺や捧より人気あるのに。」

 機械人間ササゲ――(20代とは思えぬ)完璧主義の堅物男だ。彼と付き合う女性は、きっと苦労するだろう。――というか、興味あるのか?「人間味に乏しいあいつに負けたくない」という、変な闘争心に目覚めた。

「そうそう。ちょうど明日、一緒に夕飯食べるんですよ。石田さんもどうですか?」

 普段の俺は、真白が心配なのでなるべく寄り道しないように(買い物には寄るが)帰っている。付き合いは…悪いだろう。両親と三人で食事するよりはと思い、同行することにした。



 退勤後、俺は棒の車に乗せてもらう。相沢の車は散らかっていて乗れないらしい。いかにも、ではあるが、営業なのだから、少しは気遣えよ、と思う。

 向かった先は檸檬(レモン)。名前だけ見ると夜の店のようだが、れっきとした喫茶店である。昔は、夜限定でショットバーになっていたらしいが、今は簡単なお酒しか出ない。ここの売りはとってもボリューミーなホットサンド。食べきれない人には「ハーフサイズ」が用意されているくらい多い。

 カーステレオの音楽は軽快なポップスである。沈黙が気まずい。

「石田さんが出てくるなんて、意外でした。」

 棒が話しかけてきた。向こうも無言に耐えかねたか?

「気分転換だよ。最近、気詰まりなことが多くてね。」

 可もなく不可もない返答をする。

 これだけで、店に到着した。


 間接照明に照らされた広い店内に角テーブルと円卓がゆとりを持って置かれている。ここは隣の席と席が離れているので、ゆったりできるのがいい。うっかり普通サイズのホットサンドを注文して爆死しなければ、夜はアルコールもあって飲み物が豊富だ。それなりに楽しく飲める。

 もっとも、ドライバー二人を相手に一人で飲むわけにはいかない。俺も後で自転車に乗るので、アルコールは控えることにする。

 先に到着していた相沢が手を振っている。

 棒と二人円卓に付く。イスは四脚あるが、そこは気にせず、相沢の横に俺、棒の順になった。

「このメンバーでって、随分久しぶりじゃないですか?」

 棒が切り出した。


 記憶にない。


「棒が新人だった頃以来だよな~。」

「そうだったっけ?」

 ついうっかり心の声が漏れた。

「酷い。忘れてるって(笑)」

 相沢がツッコんでくる。思い出せずに首を捻っていたら、首が痛くなってきた。――捻りすぎた。

「そんなこともあったっけ?」

 今度は腕を組んでみる。思い出せない。

「ありましたよー!」

 棒もツッコんできた。それよりも――。

「それより、お前ら二人でよく飲むのか?なんというか、意外?に感じて。」

 率直な意見を述べてみる。

「よくってほどじゃないすよ。」

 とは相沢。

「ここ(会社)、男いないじゃないですか」

 と棒。

「確かに。じゃ、大滝さんは?」

「あ~。」

「あ~。」

 二人の声がダブった。

「ノリはいいんすけどね。…どう説明すればってか、口軽そうで(笑)」

 なるほど。相沢に同意である。

「二人で相談してたんだ?」

「……。」

「……。」


 ――なぜ無言?この組合わせでなんの話をしてるんだ?


 俺は、自分の悩みより好奇心を優先させた。

「俺には言えない何かがあるのか?」

 二人は静かに見つめ合っている。

 そこに、店員が注文を取りに来た。

「えっと、俺はカツサンド、普通で。」

「ボンゴレとセットのサラダ、スープ付で。」

 ガリガリノッポの棒が普通サイズのホットサンド!?かなりビックリである。相沢のサラダも意外だ。それより――。

「もう決めてたのか?早いな。じゃ、俺は…ハム玉子サンド、ハーフで。サラダとスープのセットも。」

 俺はしばらく檸檬に来ていない。じっくり悩んでられないので、メニューのトップから注文した。

「まずは乾杯しましょうよ。ノンアルビール三つ。」

 ここ、コロナビールとかも置いてたよな?たまには飲みに来よう、と思う。一人は辛いか?

「石田さん、乾杯お願いします。」

 相沢に言われて、困る。何を言おう。まあいいか。

「独身男三人の男子会に乾杯(笑)」

「かんぱ~い(笑)」

「自虐ネタですか?」

 相変わらず、相沢がツッコんでくる。

「言ったのはお前だろう!」

 事実で返す。

「ぶっ!」

 横で棒が吹き出した。

「センパイ、真面目な石田さんになに吹き込んでるんですか?」

「事実をだな。社内で『独身男は三人しかいないんすよ』って。」

「あおってどうするんです!泥沼になりますよ(笑)」

「そこは無自覚の怖いところ(笑)」


 ――なんの会話だ?


 ぽんぽんと会話が弾む。っていうか、棒ってこんなキャラだったのか!?真面目堅物生真面目、etc.…イメージが崩れた。

「なんか…棒って相沢といい勝負だな。仕事は完全に棒の勝ちだけど。」

「石田さんがヒドイ(笑)。俺だってちゃんと仕事してるでしょうが。」

「いやいやいや。ちゃんとかどうかじゃなく、完成度の問題。棒は、まず字が綺麗――。」

「手書きのメモなんて、自分がわかればいいでしょうが!棒のは几帳面とかじゃなくて趣味ですよ、趣味!!」

「どういうこと?まあ、趣味でも『書き方』の手本みたいな字が書けたら凄いだろう。お前は几帳面とは真逆の『だらしがない』だからな。せめてデスク周りは綺麗に整頓しろ。」

「石田さんもそう思いますよね(笑)。センパイ『これが忙しさの象徴!』とか言ってるんですよ。車だって、『彼女乗せれない』って。」

「わああああお~!!」

 なんか、棒がとんでもないことを言ったぞ。相沢、誤魔化そうとしても無駄だ。聞こえている。

「相沢も31だからな。彼女くらいいても普通だろ。それと、仕事中に連絡取らないように。」

「え、なっ、バレてる!?って、いや、俺は29歳って!――棒!!」

 相沢が腕を振り上げても、棒とは席が離れている。届かない。

 俺は、敢えて仕事モードの口調で聞いた。

「相沢、お前の車は彼女でさえ乗せられない状態なのか?」

「彼女だからこそ、見せられないモノがあるんです…。」

「つまり、お前の車には、お客様も乗せられないということだな?」

「軽自動車にお客様を乗せたら失礼じゃないすかー。」

「仮定の話だ。最寄り駅までの送迎、という可能性はあるだろう。」

「送迎が必要な荷物あったら、大抵車で来てるじゃありませんか!ってか、棒!お前のお悩み相談だろ!?助けろって!」

 うん、ここまでにしよう。店内なのに、相沢が興奮しすぎて五月蠅い。周りへの気遣いが――俺もできてないな。いい年した男三人でなにを喚き散らしているのか。

 現実に戻った拍子に、嫌なことを思い出してしまった。


「棒の相談かー。相沢は口軽いぞ?」

「それはちょっと思うんですけど、共有できる相手がセンパイなんで(笑)。――前から思ってましたけど、センパイって石田さんの評価めちゃ低いですね。ずっと側にいるんですから見習わないと駄目ですよ(笑)」

「石田さんから見習うって、何を?天然でボケてて可愛いところ?」

「はっ!?なんだそれ!?」

 俺は咄嗟に相沢にツッコんだ。誰がなんだって!?

 男二人は互いに顔を見合わせて笑っている。理解不能だ。

「石田さん、棒のこと超真面目で几帳面で完璧人間って思ってますよね?実物こんなんですけど。石田さんもおんなじで、真面目で責任感が強くて仕事をきっちりやる人ですけど、かなりお茶目ですよ。自覚ないところも。」

「女性陣に言わせると、『そこが可愛い』らしいです。――ってほんっとに素で分かってないんですね(笑)」

 棒がテーブルについた左腕に突っ伏した。なにがツボだったんだ?

「俺の悩み相談が、どうでもいい気分になってきましたよ。」


 ちょうど料理が運ばれてきたので、先にいただくことにする。俺と相沢はスープのおかわりができるが、棒はそば茶を飲んでいる。よく分からないチョイスだ。焼酎割り用のそば茶だよな?メニューにはなかった気がする。昔の記憶だが。

 この男、よく喰うな。相沢の食事風景は見慣れているが、棒の食事風景を見るのはあまりない。細いのに…と思ったが、こいつ新陳代謝が恐ろしく良かったんだった。冬でも汗をかいていた記憶がある。こんなに食欲があって、なんの悩みだ?

 三人綺麗に平らげたところで、改めてノンアルビールを注文した。


「俺の相談の前に。センパイ、『彼女』って本命の方ですよね?」

「はあ!?お前、二股かけてんのか?」

 俺と棒が相沢を見た。

「や、ちょ、ちょ、ちょ、棒!!石田さんに余計なこと言うなよ!?」

 噛み噛みになって狼狽えている。何をそんなに隠したいんだ?そして、棒はそれを知っている。一体なんだ?

「相沢、なんで俺を誘っておいて、俺は蚊帳の外なんだ?」

 ここで棒が爆弾を落とした。

「まだアイちゃんの同級生と続いてるんですか?」

「はぁ?何、紹介でもしてもらったのか?」

 相沢は両手を振って否定する。

「いや、ちょ、いや。紹介って(笑)。合コンですよ!」

「アイちゃんと!?」

「違いますって!そりゃ、アイちゃんもいましたけど。アイちゃんの高校の同級生たちと合コンしたんすよ。」

 なるほど。こいつと棒はそういう繋がりがあったのか。若者同士ってことか。納得である。

 赤べこのようにうんうん頷いている俺に、棒が説明してくれる。

「アイちゃん25歳でしょ。周りは独身だから、持ち回りで合コン企画してるとかで、俺とセンパイが呼ばれたんですよ。」

「棒はまだ…なんだっけ?名前の難しいコと付き合ってんの?」

 棒が円卓の縁を叩いた。

「そうなんです!それで相談があって――」

「俺、それ、聞いちゃっていいの?」

 話が始まる前に、小さく挙手をして切り出す。聞いた後で罪悪感を感じたくない。

 二人が頷いたので、安心した。が、別の心配が出てきた。


「俺が恋バナ聞いちゃっていいの?俺、結婚失敗してるんだけど…?」


 この二人は、俺の元嫁――祥子を知らない。だから大丈夫だろう。乗り切ろう。

「大丈夫です。むしろ、センパイ一人よりいいです。」

 相談がある本人がそう言うのならいいのだろう。知らず体に力が入っていたようで、イスに座り直す。

「棒の相談はわかった。後で聞く。その前に――お前だ!相沢。二股だって?」

 俺は視線を棒から相沢に移す。

「まだ言うんすか!?」

「聞いてくださいよ、石田さん!センパイ、本命の彼女いるのに若い方の彼女が『家に押しかけてくる』って言ってるんです!!」

「クズだな!!」

「いやっ、それはっ!『終電なくなっちゃった』って言われたら、いただくしかないでしょう!!」

「本当にクズだな!!」

 隣で棒が「それ言っちゃう~?」と呟いている。普通は言わないだろう。

「好きなのは本命ですよ!もちろん。でも、たまには年下もいいじゃないすか!!石田さんだってそう思うでしょ?」

「いや、わからん。ってか、お前の彼女は年上なのか?」

 相沢は、両手で顔を覆って天井を見上げている。失言だったな。当たり前だ。

「石田さん、センパイの本命の彼女、年上なんですよ。看護師で夜勤があるらしいです。で、合コンに来たのはアイちゃんと同い年の若い子なんです。」

 相沢がツッコんでこない。相当参っているのか?

 アイちゃんは会社の最年少。本人は離婚しているから独身だ。アイちゃんはいい。独身だから(主催者だったようだし)。だが、相沢はアウトだ。『本命』と呼ぶ彼女がいるのに二股とは、思いっきり浮気じゃないか。

「相沢がクズなのはわかった。で、棒。お前の方の話はなんなんだ?」

 俺は、おしぼりで手の汗を拭いながら聞いた。


 棒の相談は真剣なものだった。

 彼女の父親が交通事故に遭い、体が思うようでないらしい。しかも、まだ中学生の弟がいて、母親が介護をすると、彼女一人で家系を支えていかなければならない。過失割合など、詳細はわからないし詳しくもないが、事故で保険が下りても、父親の年齢を考えると今後どうなるか。また、家のローンが残っているらしい、とも言っていた。中学生の弟の学費も考慮しなければならず、不安になるには十分だ。


「彼女とは長いの?」

「夏からなんで、まだ三ヶ月です。」

「そうか、難しいな。交際期間が短くても、結婚に踏み切るのもありだし。」

 俺は棒の真意を聞こうと思った。

「そうなんです。ただ、まだ決心できなくて…。」

 棒が辛そうに背中を丸めて頭を下げた。

 そうだよな。まだ若いから、いきなり背負うものが多くなるのは困惑しても仕方がない。

「状況が状況だし、別れても仕方がないと思うぞ。どうしたって、『今まで通り』は無理だから。――相沢、本命の彼女ならどうする?」

 ようやく立ち直れたらしい相沢に振ってみる。またクズ発言をするのか、と思いきや――。

「俺なら結婚しますねー。本命の彼女なら。」


 おや?まともな事を言ってきた。


「本命の彼女なら、親が介護状態になっても結婚するって事?」

「親の介護とか関係なく、そろそろ結婚したいですもん。」

「じゃあ、なんで二股かけてるんだ?矛盾してるだろ!?」

 またもクズ発言か?もう30を過ぎてるのに。「どっちだ!?」と密かに相沢の次の発言に期待する。

「年上より若いコの体がいいんですって!」


 クズだった――!!


 横で棒が爆死している。俺も呆れてしまった。

「さて。…なんの話だったかな?」

 とりあえず、仕切り直そう。そう思ったのだが――。

「石田さんだって若い方がいいって思いますよね!?」

 まだ言うのか?棒は…ダメだ、笑ってる。突っ伏した背中がヒクヒク痙攣している。俺一人でこいつの相手をするのか…。ため息がこぼれた。

「若いもなにも――」

 そこまで言って、はたと気づく。

「――すいません。とんとご無沙汰です。」

 反論できず、相沢に頭を下げた。

「ぶっはう!!」

「ぶふっ!!」

 二人が同時に吹き出した。


 とんだ赤っ恥だが、甘んじて受けよう。さあ、どうくる?


 いつまで笑ってるんだ?せっかく身構えたのに、何もないのもなんだか拍子抜けである。

 と、涙を拭いながら、棒が言った。

「石田さん、真面目過ぎますって(笑)」

「わりと若いうちに離婚したんですよね?」

 とは相沢の言だ。

「んー、離婚早かったけど、真白がいたからなぁ。」

「わっ、マジで!?ホント、なんもないんすか!!」

「――女性に誠実だと言って欲しい。お前と違って。」

 つい声が小さくなる。

「う~~わ~~。よく肉食にやられませんでしたねー。」

 棒がドン引きしている。


 すまん。不甲斐ない先輩で悪い…いや、何も悪くないぞ?


「俺は悪くないぞ?」

 そのまま心の声が漏れた。

「えー、結婚早かったわりに…。ご愁傷様です。」

 なぜだ!?なぜ相沢に拝まれる!!――いや、受けて立とう!

「お前みたいな不誠実な奴とは違うんだ。」

 じっと相沢の目を見る。

「ドン引き~~~(笑)」

 あっさりと逃げられた。


 結局、このままなんの実りもなく、解散した。



 明日も仕事だというのに、帰宅したのは22時を過ぎていた。

「ただいま」と小さく声をかけ、玄関を上がる。一階の戸は閉まっているが、テレビの音が聞こえてくるので、両親はまだ起きてテレビを見ているのだろう。静かに廊下を歩いて階段を上る。

 真白もまだ起きているだろう、と思ったら、部屋のドアが開いて顔をのぞかせた。

「お父さんお帰り。お風呂最後だから。」

「真白ただいま。遅くなってすまん。」

 ほんの一言のあいさつ。これでいつも通り。

 そのまま、真白は部屋に戻った。


 俺は部屋から着替えを持ってきて風呂に入る。

 湯船に浸かりながら、さっきの会話を思い出していた。

 俺が棒の年には、もう祥子は出て行っていた。離婚したのは28歳の時だが、その2年前――26歳の時か?――に突然真白を連れていなくなっていた。それからめっきりご無沙汰だったのは事実だ。入浴剤で濁ったお湯の中、股間のあたりを眺めてため息を吐いた。

 真白が戻ってきて、俺にべったりくっついて離れなかった頃があった。あの頃は、「娘と一緒に寝てたらできない」と溜まるのを我慢していた。だが、それもいつの間にか催さなくなって、枯れてしまったように思う。

「相沢にはああ言ったけど、若い女しか知らないんだよな…。」

 なにしろ、最年長が祥子だ。一緒に年を取っていたが、俺より2学年下だ。俺が大学3年の頃から付き合って、結婚して。最後が…真白が1歳!?って何年前だ?愕然とした。


 完全なる枯れ男である。


 祥子が出て行ってから離婚するまで、俺は律儀に祥子を待っていた。当時働いていなかったから、自由が利く身だったとはいえ、僅かの手持ちで幼子を連れてどこに行っていたのか――?

 真白が心配だったが、妻を案じない訳がない。

「あの頃は、祥子を想像して処理してたっけな…」


 虚しい。人肌が恋しい。


「真白がいるのに…」

 なんとも後ろめたい気分になってくる。なにかしたわけでも、なにかするわけでもないのに。

 一度、大きく深呼吸して、風呂から上がった。



 もう遅いので、布団に入る。だが、眠れる気がしなくて男子会の会話を思い出していた。

「棒は結婚すんのか…?馴れ初めって合コン?ただ会って、飯喰って、付き合うのか?短絡的だな。」

 俺はずっと棒を完璧主義で感情の起伏のない、面白みに欠けた男だと想っていた。人様に酷い評価を付けたものだが、俺の主観でしかない。今日のように、他の人には違った顔を見せていて、彼女は何らかの魅力を感じていたのだろう。

「何だ?棒の魅力…。」

「こいつには負けたくない」と思った矢先に梯子を外された気分だ。


 棒には魅力がある。俺にはない。

 あんなクズの相沢にも魅力がある…。俺には――。


 比べたところでどうしようもない事だ。年が違うのだから、そもそもの土俵が違う――って、何を考えているんだ!?


 心が虚しい。

 ムスコが寂しい。


 アホらしい!寝よう。

 布団を頭まで引き上げた。


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