第6話 父と子の二人三脚

 ショッピングモールの業者用搬入口で直接納品するのに朝まで運転したため、今日は午前休をもらっている。なんとか家まで帰ったものの、慣れない道の運転は疲れた。夕べ、仮眠は取れたが、早朝の納品時間に間に合わせるのに、深夜帯に車を走らせたのだ。

 手早くシャワーを浴びて階段を上っていくと、制服姿の真白が部屋から出てきた。

「お帰り。お仕事大丈夫?」

「ああ、大丈夫だった。ただいま。今日は朝食一緒できなくてすまんな。」

「いいよ。お父さんは社会人なんだもん。しっかりお仕事しなきゃね。」

 そう言って、真白は部屋に戻ってしまった。

 物分かりが良過ぎる。なんだか不憫だな。

 俺も部屋に入って短い休息をとった。


 アラームで目が覚めた。実質四時間しか眠れなかったが、とんでもなく疲れていたからか熟睡できたのだろう。最近は夢を見ることが多く、あまり疲れが取れた気がしなかったのだが。今はすっきりしている。気持ちいい。

 洗面所でヒゲを剃りながら寝癖を確認する。まあいいか。相沢みたいに予定があるわけでもない――と思うが、男やもめはいろいろと溜め込むんだ。若者を「羨ましい」と思う気持ちもある。だが、もう40に近いし、娘は中学生だ。息子だったらまた違ったのかもしれないが…あり得ない仮定はやめておく。

 しかし案外、最近の悪夢の原因はそれかもしれない。だが、隣の部屋に真白がいると思うと…罪悪感が沸く。

 くだらないことを考えながら支度を済ませ、自転車で家を出た。


 公園近くで、近所のAマートに勤めるおばさんに会った。疲れが抜けず、のんびりと自転車を漕いでいたので、挨拶したら声をかけられた。自転車を止める。

「今日はお休み?」

「いえ、これから仕事です。」

「和くん頑張ってるわよね。真白ちゃんもいい子だし。」

 ――しまった!おばさんトークに捕まってしまったらしい。適当に返事を返していると、気づいてくれないおばさんが言った。

「お母さん、あんなんだったから。真白ちゃんいつも寂しそうにしてたのよ?」

「え、母がですか?」

 何のことかと思って聞き返すと、思いもしない言葉が返ってきた。

「何て名前だったかしら?あなたの奥さん。しょっちゅう若い男と会ってたのよ。ベビーカーで真白ちゃんが泣いてても『うるさい』だの『待って』だの言って、全然構ってあげなくて…」


 話を聞きながら、全身から血の気が引いていくのを感じた。


 俺の嫁――祥子がいた頃だろ?真白は2歳にもなってなかったじゃないか⁉それに、うちに戻ってきた真白は、泣くどころか、自己主張もなくて――。

 母の嫁いびりが酷かったのは知っていたが、祥子が出て行った理由になにか別の要因を感じ始めた。

「うちの母さんの愚痴とかじゃなくてですか?」

「さっちゃん(俺の母だ)と仲悪かったのは有名だったからね。でもそんな感じじゃなかったわよ。若い男と楽しそうにしてるの何度も見たんだからね。」

 ――うっかり自転車のタイヤで足を挟んだ。

「全然っ、知らないんですけどって、それって結構有名だったりしたんですか?」

 声が裏返る。会社に行かねば――と心の中で葛藤する。が、勝てない。

「祥子が出て行ったのって、母が原因だったんじゃ――⁉」


 なんだなんだ?さっきまでのさっぱりした気分は鳴りを潜め、全身を言葉にできないものが覆いつくしていく。なんなんだ⁉


 おばさんは、いい話し相手を見つけたとばかりに話しつづけた。

「さっちゃんの当たりがキツいのは、ね?周りもそれとなく気づいてるから、話半分として。でも、あなたの奥さん、結構遊んでたのよ。この辺じゃなくて電車で出かけて。お仕事してなかったし、昼間、家に居辛いのもあったんでしょうけど。『子ども置いて、昼間っから遊び歩いてる!』てさっちゃんもこぼしてたし。和くんの評判が言い分、子どもの面倒見ないで遊び歩いてる奥さんの悪口は噂になってたのよ?」


 ――なんてことだ!?こんなに言われるほど、噂になっていたのか?知らないのは…俺と両親…だけ?このおばさんが知ってるって事は、母はお店でそんな愚痴を言ってたのか。


それに、祥子の事も――。気になる点はいろいろあった。俺が気づいてやれなかった事はもっと多いだろう。幼い真白をあの母に任せてなんて、不安しかない。

 一瞬、目の前が暗くなる。危ない!自転車のハンドルを強く握って、――耐えた。



 昼休み終了の予鈴が鳴った。

 俺は、昨日の応援のお礼に回った。手には今朝コンビニで買ったチョコ菓子がある。

「専務、この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。」

 専務の机の横で深々と頭を下げた。

「あそこしょっちゅうじゃないかー。うちができるってわかってるから、甘えてんだろ。俺が絞めとくから。いいよいいよ。」

 理解ある上司で助かる。お菓子はしっかり受け取ってくれた。

「常務。お忙しい中、ありがとうございました。」

 同じく頭を下げた俺に、常務はそっけなく返してきた。

「いいよ。仕事だから。」

 常務は以前、うちと取引のあるアパレル会社に「社会勉強」として勤めていた過去がある。顔がいいのでおばちゃんズなどは「顔入社」とか「コネ採用」とか好き勝手言っているが。――きっと、ここよりもっと大変な修羅場を見てきているのだろう。

「小野田さん、助かりました。」

 と言って、机にお菓子を置く。

「いいよいいよー。会社なくなったら、夫婦して困るもん(笑)。」

 顔が引きつる――ちょっと笑えない。が、夫婦で同じ職場ということは、そういうことだよな。

 意外にも社内結婚はいない。小野田さんは専務が入社してから嫁として入った(これこそコネ採用)ので、元々夫婦だった。あ、社長の次男が社内結婚だった。もう嫁はいないけど、給料泥棒してるらしいから籍はあるのか。

「夫婦同じ職場だと、便利そうですけどリスキーなんですね。」

 俺は、元嫁の職場をよく知らなかったな、と思いながら、適当に会話を終わらせた。

 夕べは管理部のみんなに無理なお願いをした上、今日は午後出社という失礼をしているので、急いでチョコ菓子を配って回る。

 ――女性はなぜお菓子で釣られるのだろう。

 などと、つまらないことを

考えていたら、いつものように本気とも冗談とも取れない冗談?で揶揄われた。一気にライフゲージを削られた気分だ。

 頭を下げてお礼して回って、問題の工場に抗議をし(専務も別で電話を入れていた)、客先にも感謝の電話を入れて――としているうちに、終業のチャイムが鳴った。



 帰り道。公園に自転車を停めて、昼間聞いた話を思い出してみる。

 俺たちは、所謂いわゆる「デキ婚」だった。

 祥子はモテたし、男友達はそれなりにいたと思う。それでも、真面目だけが取り柄の俺を選んでくれたと思っていた。それも俺の自惚れだったのか?

 始まりは大学の交流会だ。祥子が通う系列の女子短大との合同学園祭の実行委員として知り合った。

 だから、祥子が向こうの短大でどんなだったのかは、本人と友人たちから聞いた話でしか知らない。それでも、俺たちは付き合っていた。向こうの友人たちも、俺を「祥子の彼氏」と認識していたし、そこは大丈夫だと思う。というか、信じたい!ひとり悶々と悩んだ。

 どれくらいそうしていたのか、一気に寒くなってきた。

 もう過ぎたことだ。考えてもわからないのだから、とりあえず帰ろう。


 気づいたら、玄関に立っていた。

「まいったな」

 独り言がこぼれた。

 居間に入って両親に「ただいま」と声をかける。

 今朝帰宅して出勤した俺を、母がうるさく心配してきたが、適当に返事をしながら親子三人で食事をとった。


 部屋に入ると真白が後から部屋に入ってきた。

「どうした?」

 真白の眉尻が下がっている。同じ顔でも母親とは表情が違うな。――なにを考えているんだ、俺は。

 と。言いにくそうに真白が話し始めた。

「さっき、公園にいたでしょ?姿が見えたから。」

「そうか。」

「お仕事のトラブル、大変なの?」

 真白は真剣な表情で聞いてきた。他に悩みがあるとは思っていないようだ。正直ありがたい。

「いや。ちょっと、昔のこと考えてた。…真白がまだ小さかった頃の。」

 俺の言葉は意外だったようだ。目を見開いて驚いている。そんな顔も可愛いな。

「しばらくは一時預かりばかりで、真白は保育園に馴染めなかったもんなぁ。」

 しみじみと呟くと、真白もしんみりした声で話す。

「いつも『押井先生の保育園がいい』って我が儘言ってたもんね。困らせてごめんね、お父さん。」

 いや、我が儘なんかじゃない。制度上、連続して同じ保育園を使えなかっただけだ。小さな真白には残酷に思えただろうが、大人の都合で犠牲になったのに、なんとも健気だ。

 そして…誤魔化されてくれてありがとう。ちょっと後ろめたい。それでも祥子の事は話せない。きっと俺より辛いはずだ。

 不自然に思われないように、誤魔化しで言った話題を続ける。

「最終的には、年中から全然行ったことない幼稚園に通わせて、悪かったな。お前が押井先生を好きだったのは知ってたけど…保育園入れなかった。」

 これも、大人の都合だ。母親のことも、母のことも、全部理不尽なものを押し付けているのは大人たちだ。――鼻の奥が痛い。

「うん。あの頃はすごく寂しかった。いろんな園に行っても、他の子とは遊べないし、先生も押井先生みたいに親身になってくれなくて。」

 真白が俺を見上げてきた。

「押井先生が大好きだったよ。」

「そっかー。押井先生は、いつも真白の心配をしてくれてたもんな。」

 俺は無意識に真白の頭を撫でていた。

 真白も嫌がらない。

 年が明ければ14歳の中学2年生。思春期の女子は父親を嫌うもんだろ?それでも、この家で真白が心を開けるのは、男親の俺だけなのかもしれない。「なんとかしてやりたい」と切に思った。

「今、どこにいるんだろう。――会いたいな。」

 真白は俺に抱きついて、ひとり呟いた。

 俺は、泣きそうなのを堪えて真白を抱きしめ返した。背中をとんとん叩く。もっと甘えてもいいのに。我慢し過ぎだ。

「家は辛いか?いつもばあちゃんが悪いな。」

 きっと、今の俺は真白に愛情より同情を感じている。そして――真白によく似た女も、居心地悪く感じていたのだろうか、と再び昔を思い出していた。



「就職したんだったら、しばらくは仕事に専念するものでしょ⁉それが『子どもができました』ってさっさと辞めて!」

「お義母さんは働いたことないですよねー?そんなこと言う資格ありますー?」

 顔を合わせればイヤミの応酬。掴みかからんばかりの勢いで言い争っているのは、母と嫁だ。


 ――いつものことだ。


 結婚してからこっち、家では気を抜けない。二人が遭遇しないように、用がなくても声をかけて引き留める。失敗するとこの有り様だ。祥子が家に入ったばかりの頃は、母が祥子に突っかかる事はそれほど多くなかったと思う。

 だが、おしゃべり好きの母が五月蠅く喚き散らすようになって、元々無口だった父は喋らなくなった。相槌以外ほとんど声を聞かない。はじめのうちは母をなだめてくれていたのに、真白が生まれた頃からは何も言わなくなったと思う。

 それでも、二人がやり合っている間は、真白をあやしてくれていた。そこは助かったが、世間で聞くような初孫に「デレる」様子はなかった。俺との接点も多くなかったから、どう接していいのかわからなかったのかもしれないが。

 俺も父も仕事で留守にしていたから、日中二人がどうしていたのかはよくわからない。

 母が何かのはずみで真白に手を挙げてしまったら――そんなことを思いながら、あの頃は日々出勤していた。


 元々、結婚願望がなかったわけではない。ただ、24歳社会人二年目の俺は仕事に集中したかったので、「結婚はまだ先」と考えていた。その春に短大を卒業した祥子も就職して、同じ考えだと思っていた。

 通っていた女子短大から百貨店に就職した祥子は、職場でもモテると聞いていた。顔も、すらりとしたスタイルもよかったから、来店する客からの人気もあったらしい。母がわざわざ制服姿で仕事する祥子を見に行ったこともあった。その頃は、「あんなに綺麗な人が息子の彼女なんて~」と俺の恋人なのに得意になっていた。

 祥子の休みが平日限定だったので、お互いに仕事終わりに待ち合わせて、外で会っていた。交際は順調だった。


 だから、祥子の妊娠は、俺にとって青天の霹靂へきれきだった。


 可能性はゼロではない。が、避妊してたはずだ。酔ってやらかしたか、はっちゃけ過ぎたか――。

 大学の同級生の中では、俺が一番早く結婚した。祥子が既に妊娠していたことと、向こうの両親が乗り気でなかったため、式は挙げていない。田舎だし、一人息子だしで、母は式を挙げないことにかなりの難色を示した。

 もしかしたら、その頃から綻びが生じていたのかもしれない。

 しかし、俺の両親は高卒でデキ婚している。しかも、母は高3で妊娠したため、就職したことがない。親戚の顔合わせ程度の、披露宴と呼べるのかどうかわからない集まりはしたようだが。

 父は、急遽進学から就職に切り替えた。本当は工学部に進みたかったらしい(願書も出したとか)。それでも、家族を養うために地元企業に就職した。

 嫁に入った母が義両親とうまくいっていたのかどうか…記憶は薄い。単に祖父母が大人の対応をしていたのだと思う。実際、俺が小学校に入学する頃に家を建ててからは、両親と親子三人で暮らしてきた。近くに住んでいる祖父母に会うことはあまりなかった。家での父は口数が少なく、俺の教育やらなんやら、母がなんでも自由にしていたようだ。ただ、両親の世代では離婚はあまりなかったらしい。だから、父や祖父母がずっと我慢していた可能性はある。

 ここらじゃたまに聞く話だ。珍しくない。高卒で就職するのがほとんどだから、結婚も早い。ほぼデキ婚だが。昔と違い、今では出産後すぐに離婚する人がそれなりにいる。そして20代前半で再婚する人も多い。

 むしろ、大学では「在学中に妊娠した」という話を聞かなかった。あるいは、うまく立ち回って噂にならなかったのか。少なくとも、俺は知らない。

 友人たちも、社会人になってから「子どもができたら結婚する」という会話をするようになった。ただ、やっぱりちゃんと準備して結婚式を挙げる――職場の上司たちの目があるから――らしい。

 大学の同級生の結婚ラッシュは、俺の離婚成立後だった。


「お父さんがいるから大丈夫。」

 俺が昔を思い出している間に、抱きしめられた真白が腕の中でもぞもぞしていた。我に返る。

「お父さんも、真白がいるから大丈夫だ。ありがとう。」

 もう一度頭を撫でる。

 真白は静かに部屋に戻った。

「真白に支えられて生きているな」と、つくづく実感した夜だった。



 夢を見た。

 もう、顔も思い出せない、昔の彼女の夢だ。

 なんて名前だったか…。「綾乃」と呼んでたけど、名字はありきたりすぎて覚えてない。佐藤だったか加藤だったか…。武藤?近藤?なんか、ピンとこない。

 俺の大学時代二番目の彼女だ。ちなみに、祥子は三番目になる。

 綾乃はちょっと(いやかなり)変わっていた。

「一番好きな人には選ばれないから、二番目に好きな人に告白しに来ました。」

 なんて言われたのは、後にも先にもこの時だけ。周囲もドン引く口説き文句である。

 もっとも、鋳型から自分たちでプラモデルを作るサークルに女子がいるのが珍しい。

 外見地味目でシンプルな眼鏡におさげ髪…モテ要素皆無に見えて、実は巨乳の持ち主(着痩せする!)。しかし、「女子」という希少要素のみでサークル内では女神のごとき人気だった。

 非モテ男には女神でも、世の常識からみて、彼女の言動はかなりズレていた。

「小説書く参考にしたいので、処女もらってください。」

 今思えば、「なんのハニートラップだ!?」と疑ってかかるところだが、若くてアホだった俺は、言われるがまま、据え膳をいただいた。後で知ったが、運動部じゃないのに、鍛えていた俺の体が目当てだったらしい。それも、本人の口から直接聞かされた…。

 そんな彼女と別れた理由が、「やっぱり筋肉が足りない」だった。

「ガチムチマッチョとめくるめく官能の世界を堪能したい。」

 とか訳わからん事を言っていたが、本人も、自分の筋力と柔軟性のなさには気づいたらしい。

「体作り込んで、再挑戦します。」

 そう言って去って行った。


 俺は…捨てられたのか?


 彼女は要求が多くて楽しめなかったが、柔らかい体は好みだったし、体力が凄かった。デートの度にまぐわって、お互いを深く知ろうとはしなかった。彼女が聞かれるのを拒んだからだが。

 なんだかよくわからない交際をして、一方的に振られた俺は、しばらく落ち込んだ。そして「変人女子に捨てられた男」と呼ばれる事になった。

 このネタは、しばらく揶揄われた。



 ムスコが苦しくなって目が覚めた。――これは朝の生理現象だ!と自分に言い聞かせる。

 ここでふと疑問が湧いた。

 そんなあだ名が付いた俺に、祥子は声をかけてきた。

 なぜ?

 あの容姿だ。いくらでも選べる立場だったはずだ。変態趣味はなかったはずだし、謎は深まる。それでも――。

「結局は俺に満足できなかったって事か…?」

 俺は、布団の上に大の字に倒れた。



 あの嫌なあだ名は、祥子と付き合う頃まで続いた気がする。俺の周りはもちろん知っていたから、誰かが女子短大のメンバーにも漏らしていたと思う。

 随分変わった女子に振り回されて振られた後だったので、俺は女性不信…とまではいかないが、警戒していたつもりだった。

 そんな時、声をかけてきたのが一緒に学園祭の準備をしていた祥子だった。

 祥子の周りは、友人達もおしゃれで華があった。真面目で面白味に欠ける俺とは釣り合わない…最初はそう思って、適当に断っていた。進展したのは、友人たちに嵌められたのだと思うが、グループデートがきっかけだった。女子たちは一対一では警戒する。だが、複数人になると気が大きくなるらしい。『真夏の火遊び』とはそういうものか?と思ったのを覚えている。

 俺の大学時代の友人は、中学・高校からの知り合いが多い。一緒に出かけたメンバーもそうだった。そして、やたらと祥子と俺をくっつけたがった。…多分、裏で話が付いていたのだろう。なんで「変人女子に捨てられた男」を勧めたのか、今もって謎でしかない。

 ただ、それ以後、祥子が親しくしてくるようになって、自然と交際するようになっていた。学園祭本番には、学内でも既に「カップル」認定されていたので、「いつの間に!?」と自分で驚いたものだ。――が、単に俺が陥落したのである。

 前の彼女と比べるのは失礼だと重々承知している。だが、祥子は、少し恥ずかしがりながらも、どんなことでも許してくれた。俺の好奇心は大いに刺激され、満たされた。

 体の関係を持った頃、複雑な家庭の事情を知った。継母が不倫からの略奪結婚をしたこと。常に義理の妹と比較されて家の中がギスギスしていること。父親がまたあまり家に帰ってくなくなったことなど。義妹には少し同情していた。祥子は成績を言われ、義妹は外見を言われるらしい。継母は、虫の居所が悪いと、子どもに暴力を振るうとも言っていた。他にも耳を疑うような話とも相談とも付かないことを聞かされた。


 ――ああそうだ。


 家族に縁がなかったから、「平凡で普通の家庭が欲しい」と言っていたんだ。

「変人女子に捨てられた男」もいつの間にか「変人女子に尽くした男」に変わっていた。

 いつか俺に「真面目なところがいい」と言っていたのは、祥子を裏切らないで、平凡な家庭を築ける相手として「いい」だったのだろう。つまり、波風立たない平和な家庭を望んでいた――祥子が遊び歩く――俺では祥子の望む幸せが手に入らなかったのだろうか?


 原因は俺か?母か?まさか真白?


 顔だけ見れば、真白と俺は親子に見えない。

 真白が戻ってきた当初、警察に職務質問されたことがあった。

 公園で遊び疲れて寝てしまった真白を、俺がおっかなびっくりしながら背負って帰ったのだが、誘拐と勘違いされた。携帯電話で呼び出した父が来てくれて、身元確認できたと解放された。男親が子どもを連れているのが不信なのだろうか?酷く不快だった。

 真白は、俺の子だよな…?

 ふと疑問に思った。すぐに頭の中で疑問を打ち消す。

 祥子だって、俺の子だから結婚したし、連れて行ったものをわざわざ連れてきたのだろう。他人の子なら、うちに連れてきて置いていくのはおかしい。

 もし…もし、仮に、俺の子でなかったとして、俺にはもう、真白のいない生活は考えられない。

 このままでは、俺が子離れできないな、と苦笑する。

 学校の個人面談では、真白はあまり友達が多くない、と聞いている。毎年、クラスに同じように大人しい子がいて、仲良くしているらしいが、当然のこと、友だちを家に連れてきたことはない。たまに遊びに行くことはあるようだが、「遊び」というより「勉強」に行ってるようだ。

 真白が何も言わないのと、学校の成績がいいので、塾に通わせていない。一緒に勉強することで刺激をもらっているのかもしれない。

 子どもの心配をするより、信じてやろうと思っている。中々上手くできなくて心の中が空っぽになったような、妙な気分になるが。

 それでも、「真白が頼れるのは俺だけ」と思うと、「俺だけは信じてやらないと」という気持ちにさせられる。真白がいることで、俺はしっかり立てている。もっと必要とされたいし、頼られても平気なくらい、普段から余裕のある人間になりたい。

 真面目なことを考えていたら、張り詰めた欲望がしぼんでいた。

 まだ起きるには早い。もう少し眠ろう。俺は、そのままもう一度寝入った。


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