第5話 女が三人(以上)集まれば…
「あと10~20分で到着しま~す。」
石田さんが声をかけて回っている。
「今朝は顔色悪そうだったけど、大丈夫そうね。」
「石田さん倒れちゃったらどーなるのよ(笑)」
「いやーん、いとしの石田っち倒れないでねー!」
「さっさと告白しなさいよ!!」
管理部はいつも賑やかだ。緊急性の高い、面倒な仕事が転がり込んできてもこの調子。仕事なのか、おばちゃんの井戸端なのか、まったく区別がつかないったら。
ぽんぽんとテンポ良く会話が交わされている。そのテクニック、ちょっと勉強になるかも。
「今日は真面目に頼みますー(笑)」
軽い注意が入った。
それでも、掛け合い漫才は続く…。
「――石田さん、行っちゃった?」
「もう!じれったいんだから(笑)」
「仁恵さん、軽いから冗談だと思われてるんでしょ?」
「ところで、実際どうなの!?」
「横からかっ攫われるよ~(笑)」
「私も立候補しまーす!」
「えー!!」
「真面目な話、別れた奥さん知らないし、知らないですけど、すごい美人って聞いてますけど、どう?」
「あーっ、気になる~。」
「誰か写メとかないのー?」
さすがに年配者は配慮してか、普段からこの話題にはあまり乗ってないようだ。
石田さんは結婚離婚が早かったらしいから、離婚後に入社してるメンツは詳しいことを知らない。知らなくていいことだけど、他人のスキャンダラスなネタは面白いらしい。わたしも好きだし。こうして社内では時々話題になっている。だって楽しいから。他人のネタはね。
社内でただ一人の父子家庭。頑張って子育てしている姿が女性陣には受けるらしい。勝手にカップリングを考えたり、成立したことはないっぽいけど、『誰が落とすか』賭け事をしたりと賑わっている。
卓球台だけど作業台と呼ぶ――の周りでわちゃわちゃしているところに、石田さんが来た。大きな箱を抱えている。思ってたよりデカい。
「ボタン付けできる人、畠さんとこの手伝いお願いします!」
箱を作業台に下ろして、石田さんは尚も続けた。
「他の人はこっちの付属品、袋詰めお願いします。種類色々あるんで、指示書見て作業お願いします。製品がきたらアンビで付けてください!」
そこまで言って出ていった。
同時に仁恵さんとまゆちゃん(二人とも高橋さん)、辺さんが道具箱を持って移動する――畠さん達のところへ――のを見て、残されたメンバーは顔を見合わせた。
「うわっ怖~(笑)」
「あっちの部屋大丈夫?」
「誰が勝つと思う?」
「や~、怖いって(笑)」
「へ?辺さんも!?」
「本人、『違う』って言ってましたよ?」
「さっきのは冗談でしょ(笑)」
「いや、でもさ、仁恵さんとまゆちゃんだよ?あっち渡部さんあおるんじゃない?」
「言えてる~」
一同激しく同意である。
渡部さんは、仁恵さんに負けず劣らずのムードメーカー的存在だ。茶化すのもあおるのも上手い。そして、仁恵さんをからかえる猛者でもある。ホントに強い。
「おばあちゃんズが止めてくれません?」
「ムリムリ。」
複数の声が重なった。
「本日一番の戦力、雑談してる余裕はないんじゃない?」
基本、最年長の須佐さんはノータッチ。話題について行けないのか、このノリが合わないのか…多分後者と思う。決して無口ではないし、明るく朗らかで人柄がいい。お仕事も丁寧に教えてくれるし、わたしの相談にも乗ってもらった。
対して、年齢不詳(実は今年60歳になった)の竹中さんは、近所のおばさんよろしく、よく喋る。こういう話題も喰い付きがいい。いい意味で明るく軽い人だ。人の話題でなくっても、本人がネタの宝庫――のような人なんだけどな。
おばあちゃんズ最年少、畠さんは、仕事の手は早い!けど口の動きもはやい。全てが早口言葉に聞こえる。そして、ノリがいい!真面目に仕事してるのに、してるはずなのに、口は手以上に動く人だ。手や口だけでなく、文字通り、言葉だけ残していなくなってしまう、動きの速い人だ。コントみたいだけど、それを狙わずに実践している。よく疲れない、と感心してしまう。
さてさて。ここで自己紹介を。
わたくし、ザマこと風間里栄。高卒入社の25歳。一人息子が小学2年の8歳になります。
え?計算が合わない?――失礼な。ちゃんと退学しないで通信制の高校卒業しましたよ。産休だって休学しないでテスト受けに登校したし。最初の高校は、平井さんと同じ全日制学校でしたけど。
平井さんとは中学校もおんなじなんです。でも、真面目で物静かな平井さんとは違って、私は妊娠しちゃったから、高校は途中から通信制に編入しました。すっっごい言い難いんですけど、4学年上の平井さんがまだ独身のうちに、結婚離婚しちゃってます。今彼ともいい感じだし、『このまま再婚もしちゃうかも?』なんて。こんな真反対の性格でも、社内に若い人が少ないからか、仲良くしてるんですよ?
社内で20代って、あとは企画部の
で、一番の仲良しなアイちゃん。本名は萩原愛。アイちゃんは早生まれだから、一コ下の24歳。学年は一緒なのに、社会人って理不尽!同い年でいいじゃない!?アイちゃん、わたし意外には「ザマと一緒です~」って言ってるの知ってる。けど、年齢の拘りは強い!でもって、なんと大卒!の、バツイチ。入社1年目なんだよ。元ダンナの愚痴もいっぱい聞かされたな。わたしもしたけど。
こんなわたしの目から見て、おばちゃん達は気づいてないけど、平井さんは絶対、石田さんが好き。これ間違いないね!「なんであんなおじさん」って言った時なんて、真顔で説教されたもん。怖かった。真面目同士、平井さんは棒さんと付き合うのが平和だと思うんだけど…最近、棒さんは彼女ができたのかな?アイちゃんともコソコソなんかやってたけど…。残念。平井さん、早くいい人見つかるといいね。
「ザマー!!」
勢いよく駆け込んできたのは畠さん。いつもながら動きの切れがいい。
――って、なんでわたし捕まってるの?
「風間っさん、あなたはこっち!」
あ、バレてる?もしかして、須佐さん、言っちゃった?
うちの会社が製造工場から卸に業種変更する移行期間中?みたいな時に入社したわたしは、須佐さんの子飼いだった。つまり、広く浅くそれなりに器用に仕上げ作業ができるってわけ。で、ボタン付け?そんなに人数いるっけ?
畠さんに引きずられるように、隣部屋の作業スペースに行く。
スゴいメンツだ。居たくない。逃げたい。ヤだよ。
「え、なんでわたしまで?」
「あんたは須佐さんとあたしとこっちね!」
――渡部さんに呼ばれた。
渡部さんも、須佐さんの指導を受けていたっけ。特に、ニット製品のほつれの修繕は、人間国宝のような腕前だ。切れた糸と糸をちゃんと結んで、柄まで作ってる。わたしはそこまでじゃない。横糸を這わせて、縦に編み目をそれっぽく作っていくだけ。それでも、見栄えは悪くない。ちゃんと生地の傷は直ってる。
「で、なんすか?こっちは。」
思わず、つっけんどんな声が出た。ヤバい。
「心の声が聞こえるなー(笑)」
すかさず、渡部さんにツッコまれた。
「すいません。どうせ面倒なヤツなんでしょ!?」
わたしは、イヤイヤするように作業台に上半身を投げ出した。
目の前には、製品の山がある。作業前の山と作業後の山。――違いは?
「…これ全部付けんの!?」
パールビーズを前身頃に縫い付けている。手縫いで。先輩方の前で、盛大にため息を吐いた。
「風間さん、お願いね?」
須佐さんにお願いされては、もう逃げられない。袖を捲って使う糸を確認する。随分と番手が太い。今、持っている針では対応できない。ニット用だから当然か。
「須佐さん、針借してください。太針ないです。」
即、渡部さんが説明してくれた。
「こっちの見本と同じように、だいたい目数も同じくらい(の位置)で十個。縫い付けたらこっち(の山)ね。終わったらリボンもあるって(笑)」
いや、笑えない。いつまでかかるんだ、これ…。
私は作業しながら聞いた。
「どのタイミングで検針器かけるんですか?これ、金属ボタン付けないでしょ?」
そう。金属ボタン。「ボタン付けがある」とは聞いていたけど、これは聞いてない!
「聞いてないよ、石田さ~ん…。ヤバ!」
咄嗟に口を押さえたけど、もう漏れてしまった。時間は巻き戻せない。こっちでない人だかりを見る。――と、畠さんに睨まれた!
「も゛~~~~う!!」
牛ですか?いえ、仁恵さんですけど。
「なんて声出してんの(笑)」
「だって、こんなん聞いてないんだも~ん!けど、石田さんだからやってるー。」
向こうの人達は、足付きボタンを縫い付けている。普通の上から下に針を通すだけのボタンだったら、機械で付けられるけど、この手のボタンは手作業なんだよね…。表から縫った糸が見えないから、上手下手どうでもいいっちゃいいんだけど。
「え、今日さ、最後、石田さんが搬入するらしいよ?」
「運送会社?」
「お店。」
「はぁ!?」
複数の声が重なった。わたしもそのうちの一人だけど。
「どこまで!?」
「Mにあるモールだって。」
「え゛え゛~~~!!」
仁恵さんがドスの利いた声を出した。
「またこの子は…(笑)」
「だって、石田さん徹夜~?それで今日、車で来てたの~?」
仁恵さんが畠さんにもたれ掛かって絡んでいる。「ああ、修羅るな?」と思ったけど、作業に集中しよう!マジで終わらない…。
案の定、向こうは仁恵さんとまゆちゃんさんが言い合ってる。
竹中さんがあおって、盛り上げて、ヒートアップすると畠さんが一喝して…がエンドレスだ。
「本っっ当!効率悪い!!」
うっかり口を滑らせた。もうどうでもいい。
「あんたは余計なこと言わないの。」
小声で渡部さんに注意された。
「私はちゃんと手動かしてますよ!?」
「うんうん、やってるね。エラい。とりあえず、こっちのパールビーズ付け終わったら、応援に検針器頼むね。あっちは…」
渡部さんが後ろを振り返って、向こうの人達に向かって声を張り上げた。
「そっちって検針器かけたのー?」
竹中さんが返す。
「あ、やってないわ(笑)」
「どうする?今からするー?」
「どうせハンディでしょ?いいよ。付けちゃお。」
畠さんのひと言で決まった。
正直、畠さんも強い。さっきだって仁恵さんを「この子」呼ばわりしてたし。行動力があるから、余計に怖い。さっきもわたし攫われてきたし。
「早く小野田さん来てくれるといいわね。」
須佐さんがぽつりと呟いた。
わたしと渡部さんは、激しく頷いた。
問題は石田さん。
この仕事もだけど、あのおばちゃん達を早く黙らせてほしい。
あんな怖いところに平井さんは入っていけるのかなー?とは、他人事だから思えるんだけど。
一昨年のバーベキュー大会もスゴかったし、石田さんの知らないところでヒートアップしてる。大丈夫なのかなー?『誰も選ばれない』可能性は考えていないのか?
コワいコワい。
――そう考えると、平井さんを選ぶのが一番平和な気がしてきた。
定時を過ぎて、少しずつ帰っていく。18時を過ぎてがたっと減った。
作業台の上には、最後に付けるはずの付属が入ったビニール袋がアンビで付けられた状態の製品がある。分担作業して、針を使えない人が先に検針器をかけた上で、アンビを付けて帰ってしまった。
「ザマ、何時までできる?」
手を動かしながら、渡部さんが聞いてきた。
「んん~。うち、親が見てくれるんで、大丈夫っちゃあ大丈夫なんですけど。子ども寝る前には。――ってか、帰っていいんですか?」
「こっち8時くらいには終わるかなー?ボタンもそれくらいで終わるよねー?それからハンディかけるけど、1台しかないし。袋詰め、箱詰めは、他の人でもできるしね。」
金属の付属を付けた後じゃ、検針器鳴りっぱなしじゃね?とか思ったけど、無言を通す。
「んじゃ、上がらせてもらいまーす。」
須佐さんに借りてた針を須佐さんの針山に刺す。本数が合わないと困るので、「返しました」とメモを残した。
「お疲れ様でした~。」
その場であいさつして、ロッカーに荷物を取りに行く。事務所に人がいるのが見えた。
専務と常務も残ってたっけな?
で、管理部の責任者、大滝さんはずっと姿が見えない。またサボりか?定時過ぎたから、まさかの帰り!?管理部がこんだけ大変なのに…。外回り行ってそのまんま帰ってこなくなるのはよくある。「どこに行ってるんだか」と思わずにいられない。
上司としては石田さんの方がいいって思うよね。大滝さん、見た目に反して小言多いし、すぐ丸投げしてくるし。おばあちゃんズは「家で肩身狭い思いしてるから、会社で発散してるんでしょ」なんて言うけど、当たられたらたまっちゃもんじゃない!ムコだかなんだか知らないけど、家庭の事を仕事に持ち込むなってーの!
頭の中でグチグチ言いながら(もしかしたら口に出してたかも?)、玄関から出て、石田さんのハイエースが会社の駐車場に止まっているのに気づいた。
車の中では石田さんがスマホをいじってるみたい。けど、顔がブルーに光って見えてコワい…(笑)。「仮眠する」って聞いてたけど、車にいたんだー。社内にユニット畳を敷いた休憩スペースはあるけど、周りの声が全聞こえだもんね、と思った。
多分、時間調整に途中のパーキングとかでも仮眠するんでしょうけど、「お疲れ様です」と声に出して、両手を合わせて拝んだ。
翌日、箱詰め作業は男三人でやったと聞いた。
専務、常務、石田さん(課長)。――うちの課長は何やってたんだ!?
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