第4話 ハードワーク
翌日、二度寝のせいか夢見が悪かったせいでか、体がだるかった。それでも、今日は残業が確定している。
もしかしたら深夜を過ぎるかもしれない、最悪、そのまま客先まで車を飛ばすことになるだろう、と母に伝えて、真白と一緒に家を出た。
いつもより早めの出勤だったが、既に来ていた平井さんに「おはよう」と声をかけて事務所に入り、即パソコンを起動する。
今朝は仁恵さんの挨拶が聞こえてこない。向こうも準備でバタついているのだろうとわかっているが、「あの声に元気をもらっているんだな」と思った。
平井さんの声は小さくて気づけなかった。
急ぎメールをチェックし、スケジュールを確認する。メモ紙に今日のToDoリストを書き起こし、午前中で片付くように順番を振った。
始業前に1本、電話を入れる。向こうはもう業務時間内だ。構うまい。
「石田課長、こんな時間に珍しいですねー。」
「ちょっと今日、急ぎの用があって、早出してるんですよ。残業代ないですけど(笑)」
どんなに体調が悪かろうが、先方には関係ないことだ。俺はジョークを交えながら電話した。
予鈴が鳴った。
ここは古い慣習が残っている会社なので、5分前行動が義務付けられている。その分の賃金は出ないのに、だ。
こうしてはいられない、昨日頼んでいたメンバーに、残業できるか確認に向かう。
まずは同じ事務所にいる小野田さん。専務の奥さんで経理を担当している。経理は平井さんと二人体制だ。一時、給料泥棒をしている常務の奥さんが入ったが、計算出鱈目で従業員の不満が爆発した経緯がある。常務は社長の長男なので、親族経営のここでは「害がない限りは目をつぶっておこう」ということになった。
なんとも不公平な世の中である。
話が逸れた。
「小野田さん、今日大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫よ。娘が夕食支度するって張り切ってたし。」
良かった。小野田さんがいると、おばちゃんズの抑えが効く。おしゃべり好きの彼女たちに、無駄口叩かず効率的に仕事してもらわねば!――何人残れるかが一番の問題ではあるが。
次に平井さんだ。
顔を向けると、「大丈夫です」と静かな返答があった。
「申し訳ない。」
俺は両手を合わせて平井さんを拝んだ。平井さんは独身だし、若いからとよく借り出されるが、畑違いである。帳簿計算が仕事の人に商品出荷作業をさせるのは、どちらかというと肉体労働になるので大変だろうと思う。きっと明日は腕・腰が痛くなるのだろう。俺も、中腰での箱詰め作業は苦手である。
専務、常務は人手が足りない時の頼みの綱として、俺は事務所を出た。
向かった先は、「プレハブよりはまし」という感じの倉庫と渡り廊下で繋がった部屋、『管理部』だ。この会社には、営業部、経理部、管理部のほかに企画部もあるが、企画のメンバーはいつも忙しそうに残業しているので、
「あ、石田さーん!」
挙手をし、元気に声をかけてきたのは仁恵さんだ。
「今日オッケー(ハートマーク)」
語尾が上がる話し方は癖なのだろうか?だが助かる。
「ありがとう」
手を挙げて返す。
「
仁恵さんの隣に腰かけている畠さんに声をかけた。
畠さんは笑顔で軽く手を挙げて返してくれる。
「須佐さん、竹中さんは無理だから――
俺は、畠さんから机をぐるりと一周首を巡らせて、部屋の入口に立っている渡部さんに尋ねた。
「うちは問題ないよ~。」
うん。おばちゃんたちの妙なテンションにはついていけない、と思いながら、笑顔を作って頭を下げる。
「おもいっきりありがとうございます!助かります!」
方々で笑い声が上がった。
「お手伝いできなくてごめんねー。」
「うちも~。今、娘ら試験中だからさー。まともな点数とれるんだか知らないけど(笑)」
「ホントそうだよね~。家事手伝う気ないんだったらちゃんとした点数とって来いって(笑)」
爆笑しているおばちゃんズを無視して、別の作業部屋に向かった。
昨日のうちに準備していた資材を確認する。
商品タグなどを取り付けるアンビタッチというプラスチック製の紐を作業台の上に出す。使いやすくて便利なのだが、資材の購入代金をケチるここでは(元々うちでやる作業ではないし)木綿の糸を輪にして手作業で括っていく。だが今回は時間優先のため、ありもののアンビタッチを使う許可を取っている。手作業の人件費を考えたら、絶対に道具に頼るべきだと、俺は思っている。
他にも、商品の取り扱い説明書のタグやブランドロゴなど、うちでストックのあるものを並べていく。度々納期を破る業者は、商品と一緒に――というか、商品に取り付けて納品するはず――のタグを忘れる。特に、今回は「付ける前」の状態で納品されてくるらしいので、商品を取りに行っている大滝さんがうっかりしていたら
今更だが、うちの会社は卸問屋に分類される。企画部がオリジナルデザインを企画・販促しているが、アパレル会社とメーカーである生産工場を繋ぐのが主だ。そこで発生する納期調整や在庫管理(倉庫貸し)なんかの業務もあるが、「出来上がった商品を受け取って納品する」のが基本である。つまり、生産工場で「間に合いません」と言われても、ただの問屋は手伝えないのである。それでは納期遅れが多発してしまうため、生き残り戦略として、社内でしりぬぐいしているのが現状だ。元アパレルメーカーだった強みでもある。
人数確認をして席に戻った俺に、営業の後輩の相沢が話しかけてきた。
「俺の予定は未定で。今日、外出するかもしれないので、すいません。」
こいつの名前は相沢修輔。永遠の29歳(実年齢31歳)だ。女子じゃあるまいし、「永遠に年をとることなはい」とかわけわからん事言ってないで、真面目に仕事しろ。きっと今日はデートなんだろう。昨日もこそこそ連絡とってたし。――聞きたくない。
寝覚めが悪かったからか、悪い報告を聞いたからか、どうも体の切れが悪い。座席で腕を伸ばし、腰を捻る。
そんな俺の様子を見て、隣の相沢が体を寄せて話しかけてきた。
「石田さん真面目過ぎますよ。娘ちゃん、家で寂しいんだからさ、なるべく早く帰るとか、――再婚するとか考えないんですか。」
驚いた俺が顔を向けると、椅子の背もたれにもたれ掛かりながら「『何楽しみに生きてるのかな?』って~~」と本気か冗談かわからない様子で返された。
「――っ⁉再婚って…ないだろ。」
突然の言葉に声が出ない――いや、出ている!が、考えたことがないわけじゃない。
「相手がいない。」
思ったことをそのまま口にする。
「ここの会社のバツイチ組だって選び放題でしょ?」
――また返答に困ることを。
「真面目に仕事しなさい。」
上司としての言葉をかけ、話題を終了した。
10時を回った頃、商品の受け取りに出ていた大滝さんから電話が入った。あと10~20分程で着くらしい。ほぼ予定通り。
「あと10~20分で到着しま~す。」
立ち上がって事務所内に声をかけ、管理部にも声をかけに行った。
「須佐さん、畠さん、竹中さん。一部飾り付けが残ってるそうなんで、先行して作業お願いします。金属ボタンです。」
「向こうで検針機かけてるんだよね?」
「一応は。ですが、ボタン付けした後、ハンディかけますんで。」
「わかったよ~」
仕上げ作業では断トツ優秀なおば(あ)ちゃんズは、この会社がメーカーだったころからの貴重な人材である。おかげで今回のような作業も請け負える。須佐さんは定年を控えた64歳。生地の引っかき傷なんかも直してくれる『便利屋』だ。畠さんは子育ての終わった50歳。――元々義両親と同居だったかな?竹中さんはもうちょい上だけど、誰も年齢を教えてくれない。知らなくても困らないし、必要もないが。畠さんと竹中さんは、須佐さんと比べて難しいことはできないようだが作業が早い。
「助かります。」
隣の作業部屋にも声をかける。
「あと10~20分で着くそうです。」
すかさず仁恵さんが反応する。
「箱ってMMでいいんだよね?」
「はい。」
「そこに用意してある!伝票も打ち出してあるからOKよ?」
なぜか某アニメキャラのポーズを真似ている。
ふと、「こういうムードメーカー的な人が家にいてくれたら…」という思いが頭を過った。
「石田さん、届くのハンガーですか、箱ですか?」
こう質問してきたのは、
「ハンガーで!確認しやすいようにハンガーで運んでもらってます。念のため、こっちでも検針機通します。」
離れたところでは、ザマこと風間さんと「まゆちゃん」が小さな声で会話していた。丸聞こえだが。
「前に針金タグ付いたままだったんでしょ⁉」
「ヤダ!なに検品してるのー⁉ザルじゃん(笑)」
「うちらより悪い(笑)」
あの二人もバツイチ組だったな、と思いながら、搬入口で大滝さんを待つことにした。
車が着いたのは10時半を過ぎてからだった。
搬入口の高さがハイエースに合うようになっているので、ギリギリまでバックで車を入れてもらう。
「待たせたな‼」
運転席から坊主頭の大男が下りてくる。――紹介するまでもない、大滝さんだ。
二人でハンガーラックを車の荷台から移動させる。
「副資材は?」
「これ」
当初の予測より大きな箱を足で寄せてきた。――ため息が出―そうなのを堪える。作業はこれからだ。まだ気を抜けない。
「すいません、箱の中身確認するんで、先に運んでもらえますか?」
質問口調のお願いをして、その場で渡された箱を開ける。
――ため息が漏れた。
聞いていたより多い。残っていたのはボタンだけじゃない。取り外し可能なチェーンの飾りや縫い付ける小さなリボンなども入っていた。しかも、予備ボタンと附属品のネックレスがポリ袋に入っていない!当初の予定より押しそうだ。みんな自分の業務も持ってるのに――。
若手組はほとんど針仕事の経験がない。即座に個々の能力と業務分担を立てなおす。
「平井さん、は外して…年配の負担が増えるけど、検針機優先させるのは――」
「大丈夫か?」
独り言を漏らしていたようだ。専務に声をかけられた。ヤバそうな内容をバッチリ聞かれていたらしい。
「向こうの営業、一度呼びつけるな。采配はお前に任せた。」
そう言って俺の背を叩いて去っていった。
ここからはもう、怒涛のように物が流れ、時間が流れた。
「朝日が眩しいな」
ハンドルを握り、ひとり呟いた。
今回の客先は、郊外にある某ショッピングモールのイベントに合わせて、一部先行納品を希望していた。それが、工場の手違い(あるいは意図的?)で、「従来の納期ですべての商品を一括納品」と勘違いされてしまっていた。必要最小数だけを先行して(仕上げて)納品してもらうことで話はついていたのに――と俺が思っていただけなのか?
全デザイン各色S1点、M3点、L5点、LL 5点で受けていた依頼を、拝み倒してS1点、M2点、L3点、LL3点で妥協してもらった。ペナルティというか、次回に厳しい条件は付いたが、一件落着である。
コンビニでも寄って、朝食を買ってこよう。――さて、コンビニはどこだ?
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