第15話 新たな始まり~平穏な日常を目指して~

「おはよう」

 と、いつものように声をかけて出勤する。

「おはよう。大変だったねー?」

「おはようございます。」

 仁恵と平井さんが挨拶してくれた。

「びっくりしたけど、疲れてみんな忘れたよ(笑)」

「甘えていいのよ~?(ハートマーク)」

「職場でよしてくれって…。」

 パチンと両手を合わせて、平井さんがこっちを拝んだ。

「あ、ごめんー。」

 仁恵が平井さんに謝る。確かに、居心地悪いよな。

「あっ!石田さーん‼待ってました、お話聞かせてください。是非‼」

 物凄いテンションで相沢が言い寄ってきた。ウザい。両手で振り払う。

「こんなこと聞くなよ。職場だぞ‼」

「やー、フツーは一生無縁な経験ですよ?聞きたいですって‼」

 相沢が食い下がってくる。ホントにウザいな。

 男二人でやり合っていると、専務が出勤してきた。

「あー、ウザい、ムサイ!やめろよ(笑)」

 なぜか臭そうに手を顔の前で振っている。――ムサイよな、相沢。

「専務も聞きたくないですか?」

「そりゃ聞きたいけど、もうすぐ仕事始まるぞ(笑)」

 よし、専務に納めてもらえそうだ!

「専務、おはようございます。私事で大変なご迷惑をおかけしました。」

「面白いから許す!」

「でしょでしょー?」

 また相沢がしゃしゃり出てきた。

「話したくありませんし、思い出すのも怖いんです。」

「そうかー。今度、お前、仁恵に癒してもらえよ(笑)」

 専務の言葉に撃沈し、しずしずと仕事に取り掛かった。


 週末。

 随分と気が早いようだが、仁恵たち親子と四人で引っ越し先の物件を見に出かけた。俺と真白の二人暮らしが先にスタートするのだから、正直、部屋の広さには悩んだが。

 いつかはこの四人で暮らしていくんだろう――そう思うと、胸の奥がほわほわしてきた。

 生温かい青春である。クサいな。年甲斐もない。

 真白と裕貴君も仲良く部屋を見て回っている。

 まだ先のことはわからないが、新しい家族を持つのもいいかもしれない。しみじみとそう思う。真白にも家庭の温かさを教えたい。きっと、仁恵も似たことを考えているだろう。裕貴君も真白に寄り添ってくれる。今後、兄妹になる相手として。


 結局、土日の二日間で物件を見て回ったが、候補を挙げるだけで終わった。

 表面上は、受験を控えた真白の転校をどうしようか、とエリアを再検討することにしたから。内実は、自転車通勤している俺に、車の問題があった。家の車は互いに仕事で使うこともある父と共用だからだ。――母が精神的に参ってしまって、通院に車が必要になったのもある。

 一先ず、と俺と真白は家の近くに2DKのアパートを借り、ひと月と経たぬうちに引っ越した。小姑をなんとかしたがっていたらしい仁恵の両親が、「近所の目があるから」と、俺たちの同居に反対したことも一因だ。

 それでも、季節が冬から春に移り変わり、子どもたちが夏休みに入ったタイミングで、俺たちは新居に移った。真白が受験勉強に集中できるように、仁恵が(朝食以外の)家事を負担することと、裕貴君が真白の勉強を見てくれることになった。

 朝食は、引き続き俺の担当だ。隣で仁恵が弁当を作ってくれている。ここは効率重視で同時作業になった。

 それと、俺は、実家暮らしで貯めた金で1BOX車を買った。手頃な新古車が見つかって良かった。

 俺が先に出勤し、遅れて家を片付けた仁恵が家を出る。もったいない気もするが、あと半年で卒業する真白が転校しなくていいように、俺が学校まで送っていく。帰りは少し歩いてもらうことにはなるが、裕貴君が途中で合流するので、下校は任せることになっている。

 このあたりは二学期が始まってからの話だが。


 実家の母も、少しずつではあるが、快方に向かっているらしい。

 父と母、二人きりの生活は、実は人生で初めての経験だ。「夫婦水入らずで快適だ」とは父の言葉である。言葉少なで寡黙な父が少し嬉しそうにしていたのが、息子としては嬉しい。


 大人たちの夏休みが終わる前。俺たちは籍を入れた。




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