第11話 変わらない日常
週明け、俺はいつものように自転車を押して道路に出た。
すると、犬の散歩に出かけようとしていたお隣のおばさん(母と同年代)が呼び止めてきた。周囲を窺って、俺に向かって小さく手招きする。
自転車を押したまま、お隣の敷地に入ったところで、小声で話しかけてきた。
「祥子さんが来たわよ。」
驚いておばさんを凝視する。
「ちょっと老けた感じはあったけど、真白ちゃんにそっくり。道路のそこまで来てうろうろしてたから、見間違いじゃないわね。」
尚も驚きである。
うちまで来てた⁉なにしに?今更真白に用じゃないだろ。
「おばさん、ありがとう。母さんには内緒で!」
出勤するところだったことを強調して伝え、その場を離れた。
「おはよう」
声をかけて事務所に入る。と、いつもと同じく元気いっぱいに手を振り上げて仁恵さんが挨拶してきた。
「おっはよー(ハートマーク)。どうしたの?具合悪いの?顔色悪いよ。」
ちょこちょこと駆けてきて、俺の顔を覗き込んだ。
「二日酔いが抜けなくて。」
とっさに嘘をついた。
土曜は確かに二日酔いだったが、もう治っている。それでも、ここ最近の体調不良は誤魔化せたようだ。仁恵さんは去っていった。
「お大事に。無理しないでね~」
「おはようございます。」
平井さんがいる。当然だ、ここが席なのだから。こうなったら、今日は三日酔いで通そう!
キリキリと痛む胃を擦り、ずしりと重い頭を撫でながら、物思いに耽る。――仕事してるふりはしている。というか、見えてるはずだ。仕事中である。
なんで祥子は来たんだ?
それより何より、母に知られるとまずい。
お隣さんも、母に聞かれないように俺を呼んだんだろう。それでも、複数人に目撃されているのはまずい。外見が真白にそっくりなのも、「他人の空似」で誤魔化せない。――どうしたものか?
事務所では、小野田さんと平井さんが伝票処理に追われていた。
「ね、石田さん、納品伝票持ってない?」
「俺⁉」
なにか漏れていたのだろうか?急いでデスク周りを確認する。と、散々探した後に、デスクマットに挟んでいるのを思い出した!
「すみません!」
狭い事務所の中を、足元に注意して走る。――あまり意味がない。
「ありがっと!」
小野田さんは月末の〆処理で変なテンションになっている。毎度のことだが焦る。しかし、あと一日猶予はある!
「できる人はちゃんと余裕をもってできるなー」なんてことをぼんやり思っていたら、電話が鳴った。条件反射で取る。
「石田課長、先日の追加発注分、まだですか?」
「え⁉あれ、発注伝票FAX行ってませんか?」
「いや~、そろそろ来ないとヤバいよって思ってたとこなんですよ。」
「すいません、急ぎ確認して折り返します!」
――やらかした⁉
急いで作成済みの発注書を探す。ちゃんと印刷してある。次にFAXの送信記録を確認する。パソコンの発注書の更新履歴が先週火曜日の14時20分だから、そこから今日までの履歴を辿る。
が、ない⁉印刷だけして仕舞ってた?なんで――って俺か。
急いで席に戻り、さっきの発注書の余白に「お電話いただいてた件」と書き足す。FAXに戻って送信し、もう一度席に戻って電話を入れた。
――これはいつもあっちゃダメなやつだ。
電話で先方と生産スケジュールの打ち合わせをする。早めに連絡をもらったおかげでどうにかなるそうだ。良かった。
「はあぁ~」
思わず長い息を吐いた。
「珍しいですね。」
相沢の言葉だ。
「たまの失敗も人間らしくていいんじゃない。」
とは専務の言葉だ。
俺は完璧じゃない。悩みだらけで相談もできず、こんなにもぼろぼろなのに、なんで「できる人」みたいに言うんだ⁉――胃が痛い。
冗談でなく胃が痛い。頭痛もひどくなってきてるみたいだ。俺はそっと席を立った。
「すみません専務――」
「早退?いいよ。そんな顔色してるんだもん、いつ言おうかと悩んじゃったよ(笑)」
理解のある上司で助かる。きっと不在分のフォローもしてくれるだろう。
「ごめん、相沢。帰る。」
相沢の肩に手を置き、一言伝えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます