第2話 株式会社せーの

 駐輪場に自転車をとめ、会社の玄関に向かった。

「石田さん、おはようございます」

 下駄箱げたばこに靴をしまっているところに元気に挨拶してきたのは「アイちゃん」だ。

 アイちゃんは、ここ株式会社せーのの最年少従業員。24歳で大卒のバツイチだ。貴重な大卒だが、そのキャリアが生かされる場面はほぼない。勿体ない。勿体ないが、離婚して実家に戻っての再就職。選り好みはできなかったのだろう。本人曰く「だぁ~い恋愛だったんです~(ハートマーク)」だそうだ。もっとも、離婚理由が「旦那の借金」なので、本人の問題ではないが。

「おはよう」

 俺も挨拶を返す。清々しいくらい明るくて気持ちいい挨拶をもらって、ちょっと気分が上向いてくる。アイちゃんにはいつも感謝である。


 うちの会社は、地方都市の地元企業ということもあってかバツイチが多い。母子家庭も多い。ジジババ同居の母子家庭も多い。

 俺もジジババ同居の父子家庭だ。職場の居心地は悪くない。真白がもっと小さいころには、子供服や流行りもののおもちゃなんかを貰っていた。返せるものがない分、彼女たちが仕事で困らないように気を使っている。例えば、納期直前の残業とか、マイカーで直接の客先搬入(運送業者の集荷時間を気にしなくていい)とか。彼女たちが早く帰れるように段取りしているつもりだ。男手もないので、荷物運びも率先してやっている。

 事務所に入って挨拶する。事務所はまだ出勤している人が少ない。

「石田さん、おはよー!」

 経理の平井さんと話をしていた仁恵ひとえさん(高橋はほかにもいるので)が元気に手を振っている。仁恵さんもバツイチだ。管理部だから事務所に用はないはずなのによく来る。元気いっぱいの彼女とおとなしめの平井さんは、仲がいいのだろうか?平井さんは、確か未婚の29歳だったはずだ。片や、仁恵さんの子は真白より大きい。きっと他に共通点があるのだろう。と勝手に納得している。

 並んだ事務用机の横を足元に気を付けて歩く。

 ここには社長以外の役職者と、経理・営業メンバーの席がある。パーテーションはなく、全員の姿を視認できるようになっている。誰が電話に出てもすぐに取り次げるように、である。

 俺は自分の席に腰かけて、ひっそりと息を吐いた。



 昼過ぎ。俺はトラブルを抱えた。

 よくあることだ。納期にルーズな取引先が、ギリギリになって「間に合わない」と言ってきた。理由は様々だが、事前にスケジュール確認しているときは「大丈夫」「間に合わせます」と言う。誤魔化せない段階になって、やっと「間に合いません」と言ってくるのだ。客先への調整なんかもあるから、「あやしくなったら事前に報告してください」と常々伝えているのだが、うまくいかない。

 仕方がないので、状況を詳しく聞き取って、電話を切った。

 今後の相談をしに専務を探す。

 俺は営業部の課長という肩書を貰っているが、最終的な決定権は専務にある。専務は会社全体の「統括部長」とでもいえばいいのか、すべての歯車の中心だ。俺の判断では難しいことがあれば、専務に相談して判断を仰ぐ。事務所では隣の席なのだが、どこに顔を出しているかわからない人だ。館内放送が欲しい。

 頭の中でシミュレーションしながら、社内をうろうろ歩いた。

 ――明日は残業だな。

 思わずため息がこぼれた。



 無事専務を捕まえて状況を報告し、実際に作業してもらう管理部に頭を下げて、何とか仕事の調整をつけて帰宅した。

 午後の一件だけで胃が痛くなっていたが、父と母の三人で夕食をとった。

 真白は勉強があるからと、先に食べて部屋に戻ったらしい。シャワーも済ませたというから、今日はもう顔を合わせないかもしれない。

 いつものことだ。

 だが、この光景を見ているだけで胃の痛みが強くなる。どうして真白はいないんだ?

 食卓で母が一方的にしゃべり続ける話が耳についた。なぜだろう、聞き流せない。いつものように聞き流していればいいだけなのに、母の声が頭の中で反響していた。


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