平凡な俺の日常
斎王暁圭
第1話 悪夢の始まり
――ああ、俺はどうするのが正解だったんだろう。
俺は、道路に向かって駆けていった顔の崩れた女に、どんな感情を持てばいいのかわからず、玄関の扉を閉めるのも忘れ呆然と立ち尽くしていた。
自他ともに認める平凡を絵にかいたような俺が、何故あんな狂気じみた事件に巻き込まれたのか。「女運がなかった」のひと言で片付けていいのか。生きている俺は、これからどうしたらいいのか。悩みは尽きず溢れてくる。
俺の名前は石田和弘。38歳。ごく普通のサラリーマンだ。大卒で地元の中小企業に勤めている。課長の肩書はもらっているが、男手がないうちの会社では30代で何らかの役職を持っているのが普通だ。一応、誠実で真面目な仕事ぶりが取引先に評価されている――というのが上の言い分だが。
ここは、多少無理すれば都会に通勤可能な地方都市。
わざわざ自転車で通える距離に就職する大卒は少ない。そんな数少ない地元就職組の俺は、両親と娘の4人家族だ。――嫁とは10年前に離婚している。
専業主婦を貫く母は、嫁いびりが酷かった。俺が一人っ子だったせいもあると思う。だからといって、たったひとりの孫娘をかわいがろうとはしない。
母とは対照的に物静かな父は、地元の工場に勤めている。口うるさい母に何を言われても、ただ静かに聞いているだけだ。今日も、いつものように食卓の周りを世話しながら、つまらないことを喚いている母を眺めながら食事をしている。味がわかっているのか不思議だ。
食後のコーヒーを飲んでいると、とんとんとんと二階から制服に着替えた真白が降りてきた。そのまま玄関に向かう真白の後を見送りにいく。
「いってきます。」
靴を履いた真白が、律儀に振り返って俺にあいさつした。
「ん、気をつけてな。」
俺も声をかける。
なんてことない、毎日繰り返されている日常だ。
真白は俺の一人娘だ。
サラサラのロングヘアをした、別れた嫁によく似た外見をしている。
真白は、俺の娘のはずだ。だが、外見は母親に似すぎていて、俺に似たところがない。唯一似ていないのが小鼻の形だ。嫁は日本人離れした小さな小鼻をしていた。嫁の両親は形が違ったと思う。それでも、口数少なく、おとなしい性格は、俺や俺の父に似ている。明るくて華のあった母親とは違い、俺に似た部分だ。
俺は、母親のいない真白に愛情を注いできた。
子どもの頃の俺に父はあまり関わらなかったが、母がつきっきりで世話してくれたから寂しいと感じたことはなかった。もう少し父と遊びたかったとは思っても、母がいじけるので言えなかった記憶がある。母とは距離を取りたい時期もあったが、あの口撃に押されて俺が折れた。
真白には俺しかいない。だから、学校行事も仕事を調整して参加するようにしていた。欠けたものの替わりにはならなくても、いくらかの足しになればと努力した。
それでも、今の家は、真白にとって居心地のいいところではないだろう。
残念だが、母は時々真白にきつく当たる。さっきもまるでいないかのように無視していた。食事の時間は父の出勤時間に合わせているので、中学生の真白には遅すぎる。だから、いつも俺とふたりで朝食をとる。夕食はどうしているのか知らないが、きっとひとりで食べているのだろう。
こうなったのは俺の責任だ。
有り体に言えば、女房に逃げられた俺が悪い。
嫁と母の仲が悪いのはわかっていたのに、しっかりフォローできなかったのだから、仕方がない。
ただ、残された子どもに落ち度はないのだから、ちゃんと家族として向き合ってほしい。――そう思っても、毎度、母の口撃に押され、自分の意見を言えずにいる。ダメだ。
と。
ぐだぐだ考えてるうちに、俺も出勤時間だ。今日も仕事しよう。
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