第9話

 朧げだった輪郭が浮かび上がってくる。


 「琴音ちゃんが姿を消した日、細井欣三は波城神社にいたはずだ。祭儀の際は必ず手伝いに来ていた。


 細井欣三は、一人で拝殿で過ごす琴音ちゃんを、隙を見て連れ去ったのだろう。そして、当時幼かった細井祐介さんがいるこの家へ逃げてきたのだ」


 「そんな…じゃあ、その合場さんや岸長さんの娘を攫ったのも細井欣三の仕業…ということですか」


 「いや、それは違うんじゃないかな。


 時期や年齢を考えると、欣三さんはだいぶ歳を取っていたはずだ。女の子とはいえ無理やり連れ去るには些か心許ない」


 「あ、確か、細井さんのお父さん、私もまだ実家に住んでいた頃から知ってはいるのですが、ご病気で足を悪くされていたはずです」


 「なるほど。やはり、合場さんの娘さんや、岸長さゆちゃんを攫ったのは欣三ではなさそうですね。


 それであれば、父親の代わりが成り立つのは。

 細井祐介──なのでしょう。

 幼き頃、父が何処からか少女を攫ってきた。例の能面と一緒にね。


 それを間近で見ていた細井祐介もまた、同じことをした。父親の意思を引き継いだのか、本人の意向によるものなのかは分かりませんが。


 父親の行為が多大な影響を与えていたのは間違いないでしょう。例の能面をつけさせ、儀式の続きをこの家で行っていたとしたら」


 「に、にわかには信じられない話ですね…。そんなことがありえるのですか…?」


 「私も信じたくはありませんが」


 「そ、それじゃあ、細井祐介と榊田さんは何故居なくなってしまったのでしょうか…」


 「榊田さんは細井が犯人ではないかと疑ってたのですよね。そのことが細井に気づかれたとしたら。


 細井は榊田さんに手をかけ、そして逃げた──とも考えられるかな」


 そうだとしたら。


 この家は──魔境ではないか。


 「さ、攫われた娘達は今何処に」


 「虎元くん、気づかなかったかな。君はそれを見ているんじゃないか」


 「い、意味が分かりません……」


 泉名が寝室に続く襖を開く。


 「大切な能面を隠していた場所があるのでしょう」


 寝室を更に進む。


 「儀式の末に少女達が仕舞われるのであれば」


 次の部屋の襖に手をかける。


 「この家の作りで最も不自然なところ。

 玄関から最も遠く、回り込む必要のある部屋」


 寝室の先の襖を開ける。


 「その部屋には、不自然に浮いている畳がある」

 外の空気が吹き込む。


 窓ガラスは割れ、天井は梁が剥き出しになり。

 荒れ果てた部屋が見えた。


 「共に眠るならばここしかない」


 カビと埃だらけの畳を進む。

 僅かに浮いた畳に手をかける。

 

 「この畳の下に──いるのでしょう」

 

 カンッ……カンッ……

 

 板木を鳴らす音が聞こえる。

 

 虎元は耳鳴りを感じた。

 

 暗い部屋に。

 

 畳の下に。

 

 いくつもの箱が積んであった。


***


 それから数ヶ月後のこと。


 立原正吾は泉名探偵社を訪れていた。


 「ああ、立原さん、その節はどうも。わざわざご挨拶頂いてすみません」


 案内され、長テーブルのあるソファに座る。

 

 あの日。


 床下からは小さく纏まった箱が出てきた。その中には骨が詰まっていた。


 箱はざっと四つほど。警察に届けたところ、それぞれ年代の違う別人の骨であることが確認された。


 一つは合場さんの娘さんのもの。


 もう一つは岸長さんの娘のもの。もう一つが不明のままであった。


 そして、残りの一つが、一番古いものであったがこちらも特定は出来ていない。おそらく榊田さんの娘、琴音ちゃんのもので間違いないだろう。

 細井祐介は重要参考人として捜査の対象となった。

 

 泉名がコーヒーを差し出し、向かいのソファーに座った


 「警察のほうで捜査はしてるみたいなんですけど、細井さんはまだ見つからないようですね」


 「そうみたいですね。ああ、そうそう岸長さんにはこの間ご挨拶に伺いまして。岸長さんもまた娘さんを長年探し続けていたのですからね。


 もちろん大変なショックを受けていましたが…それでも娘が見つかってよかったと、気丈にも感謝のお言葉を頂きましたよ」


 大切な娘が行方不明になり、一縷の望みをかけて探し続けていた。数年後に遺体で発見された両親の気持ちは虎元には想像もつかなかった。


 神妙な表情をしていた立原は口を開いた。


 「あの、それで。実は…榊田さんから連絡がありまして」


 「えっ…いつですか?榊田さんはご無事で?」


 「それが、その、昨日突然自宅に電話があって。正直腰が抜けるほど驚きました」

 

 鏑木からの電話の内容はこうだった。

 

 急にいなくなってすまんかった。


 あんたのお父さんには世話になったからな。息子のあんたにまで迷惑かけたくなかったんだ、と。


 急にいなくなって何処にいたのですか、今どちらにいるんですか、と聞くとこう答えた。


 ──実はな、古い神社なんだが、そこで神主になることにしたんだよ。

 まあその勉強のためにいろいろしていたんだ。


 「そ、それってもしかして…波城神社、ですか!?」

 虎元が我慢できず大声を上げる。


 「ええ、そうみたいです。先週、久しぶりの祭儀があったんだ、と。

 落ち着いたらいつか自宅に帰るからたまに草むしりでもしといてくれって言ってすぐ電話を切られてしまって…」


 釈然としない思いを抱えたまま、改めて立原は調査の礼を言い帰っていった。

 

 重い空気が事務所内を包み込む。


 トゥルルル、トゥルルル

 

 突然電話が鳴った。

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怪文書が示すモノ 千猫菜 @senbyo31

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