第8話

 帰りの車中、重苦しい雰囲気が充満していた。

 あの後ご老人──作田さんに礼を言い帰路についた。


 山道を戻る道中、泉名は何か考えに耽っているようで会話は殆ど無かった。車に乗るや否やすぐに調べ物を始めたようだ。


 休憩のために立ち寄ったパーキングで虎元が車に戻ると、泉名は何処かに電話をかけていたらしかった。


 電話が終わるまで暫く待ってから車に乗り込む。


 「トラ君、細井さんの家に行こう。立原さんにも同席してもらう」


 「えっ、あの家ですか…もう夜ですよ。立原さんはご存知なんですか」


 「ああ、さっき連絡したから大丈夫だよ。我々だけで勝手に家に入り込む訳にはいかないでしょ」


 「それは立原さんだって同じですよ」


 「いや、彼は今、自治会長なんでしょ。行方が分からない住人を探すのも仕事だろう」


 とは言え細井の家に着く頃には深夜になっているだろう。そんな非常識な自治会長もないだろうに。


 そうは言っても言い返したところで聞きはしないのだから黙って従うことにした。


 細井の自宅に到着する頃には時計は既に深夜を過ぎていた。


 入り口で立原が待っている。

 「ああ、立原さん。こんな時間に申し訳ない。先ほどお伝えした通り、色々分かってきました」


 既に立原にはここまでの経緯を説明していたらしかった。


 「榊田さん、娘さんを亡くしていたんですね…全然そんな素振り見せませんでしたね。

 昔のことは何も教えてくれませんでしたから。辛かっただろうな」


 「そうですね。我々には榊田さんの苦しみは理解したくても出来ません。しかし、それでもなんとか暮らしてはいけていたのです。


 突然今になって姿を消すとも思えない。何かきっかけがあったはずと思っています」

 何かを知っているような口ぶりだった。


 「それで、細井さんの家に何が?」


 「それは入れば分かると思います」

 

 早速、細井さんから借りたままになっていた鍵を使い引き戸を開ける。やけに小ざっぱりとした日本家屋の玄関だった。


 廊下を進みながら泉名が口を開く。

 

 「少し前にこの町内のアパートで事件があったようですね。立原さんもご存知ですよね」


 「あ、ええ、まだ父が存命だった頃ですね。確か、ご近所トラブルかなんかでお一人亡くなったんですよね。思えば、父の体調が悪くなったのもその頃だったかな…」


 聞き取り調査した内容が思い浮かぶ。

 

 ──犯人は、平吉彦という四十六歳の男性で、元々薬物中毒者だったそうです。被害者は茂田克也 五十二歳の男性、どうやら普段から折り合いが悪かったようで。


 ──茂田は茂田で、所謂ゴミ屋敷というか、いつも泥に塗れたような、汚れた格好をしていたそうです。


 ──ちょっと気になるのが、この茂田という人物、偽名であったそうで、亡くなった後にどこの誰かわからず警察も困っていたそうです。

 

 「不幸な事故でしたね。管理人の方も色々な事情で部屋の借りれない人の助けになりたい、とそう言う気持ちで手を差し伸べていたらしいですが」


 「それが何か関係あるのですか?」

 虎元は堪らず聞いた。


 「トラ君、この町の掲示板には、怪文書が貼られていたんだよね。

 その時期も調べてくれていたでしょう。この事件を境に、怪文書が貼られることは無くなったんじゃないか」


 確かに、そう言われるとそうかもしれない。


 「えっ…。それじゃあ、怪文書を貼っていたのはその茂田さんという方なんですか?」

 立原が聞いた。


 「間違いないと思います。茂田さんというのは偽名だったのです。本名は合場英字さんという方ですね」


 「え、泉名さんどうやって調べたんですか」


 「それは後で話すよ。合場さんはね明確な意図を持ってこの町にやってきた」


 「そ、それは榊田さんや細井さんの失踪と何か関係がある…と言うことですか」


 「まあそんなところだ。合場さんにはね、当時十三歳の娘さんがいてね、行方不明になっている。今から十二年前のことだ」


 「そ、そんな。それじゃあ榊田さんと同じ…?」


 「そう、似たような境遇です。近くの公園で遊んでいるところを最後に行方が分からなくなっていた。


 忽然と姿を消してしまったのです。警察にも捜索願いを出したが結局見つからなかった。


 それから合場さんは独自に娘さんを探していたそうです。懸命な捜索活動が実って目撃情報なんかも出てきたみたいです。そして、最後の目撃情報がこの町だった。


 雨の日にね、あの怪文書が貼られていた掲示板の近くで。一人で泥だらけの姿でいるところを見かけた人がいたんだ」


 「つまり、合場さんは娘がこの町に連れてこられたと…いや、連れ去った犯人がこの町にいると」


 「そう考えていたはずだよ。怪文書にある、あなたを見ている、というのは犯人、お前のことを見ているぞ、ということなんじゃないかな。そう考えると意図が解る気がする」


 「そうか、この文書は不特定多数の誰か、ではなく犯人に向けたものだったのか。そうすると、この女の子が合場さんの娘さんで?」


 「いや、それがまた違うんだ。この女の子がきっかけで合場さんにたどり着いた訳ではあるがね。


 この女の子もまた、行方不明になった子だ。岸長さゆちゃんと言ってね。知り合いの探偵にこの顔写真に見覚えがないか当たったらさ、心当たりがあったみたいでね。


 傷を抉るようで心苦しかったんだけど、ご両親に話を聞きに行ったんだ。そうしたら、岸長さん夫婦にね、合場という男から接触があったらしい」

 

 悲しみに暮れていた岸長夫婦の元に、数年前、突然合場が訪れた。

 

 合場は──ひょっとしたら犯人が解るかもしれない。


 あんたのとこの娘も、俺の娘と同じだ。もう少しで見つけられるかもしれない。


 何か分かったら必ず連絡する。

 

 そう言ってきたそうだ。


 「つまり、少女達を誘拐していた犯人がこの近くにいると──そう確信していたんですね」


 「ああ、合場さんが志半ばで亡くなってしまったのは不運としか言いようがないがね」


 「でもなんで自分の娘の写真じゃなかったんですか?」


 「怪文書は一枚じゃなかったんだ。

 おそらくこの近くで行方不明になった同じ年代の女の子の写真を何枚も貼っていたはずだ」


 「全て分かっているぞ、というメッセージのために…ですか」


 「そうすると。榊田さんは同じ経験をしていた。そして何故この地に来たのか。彼もまた何か思うことがあってここに来たのじゃないかな」


 「榊田さんがここに引っ越してきたのは七年前、でしたね」


 「確か、榊田さんもまた各地を転々としていたのだったね。確か運送会社の仕事をしながら。ずっと娘さんを探していたとは考えられないかな」


 偶然か必然か、娘が居なくなってしまった親がこの町に集まっていたのか。


 「二人はどんな関係だったのでしょうか…」


 「それは残念ながら分からない。しかし、合場は犯人がこの町にいるとあたりをつけ、かなり大胆に行動していた。犯人を直接追い込もうとしていた。


 既にこの町に住んでいた榊田さんはどこかでそれに気づいたんだろう」


 「そ、それはどう言う…」


 「榊田さんがこの町に来るまで、各地を転々としていた。何故この町を選んだのだろう。

 この町に細井欣三、祐介親子が住んでいたからじゃないのか」


 「そ、それじゃあ…」


 「ああ、少女を攫っていたのは細井親子ではないかと、そう睨んでいたんだ」


 「何かを掴んでいたのですね。手がかりになるものがないか調べていた。いや、監視していた、と言うべきか。そこに、合場さんがやってきたのか──」


 「合場さんは合場さんで、この町に娘を攫った犯人がいると睨んでいた。そして掲示板に怪文書を貼り付けていた」


 「それじゃあ…」

 

 「二十九年前、榊田琴音ちゃんを攫った犯人は──細井欣三だろう」

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