第7話

 ここまで語ると、老人は薄く目を開けた。


 悲しい話だった。


 誰も悪くないが、誰かが悪くならなければ気持ちの遣りどころがない。


 「でも…村の人はなぜ榊田さんの話をするのを避けるのでしょう。不慮の事故──とも取れますし、精一杯の謝罪はしていたのでしょう。


 確かに大きな声では話しにくいとは思いますが、榊田さんを探している私たちに榊田さんの存在を隠す意味があるのでしょうか」


 「そうじゃな、その後のことじゃった。村はな、こう考えたんじゃ。


 村の外の人間が行方不明になってしまった、そして村で唯一の神社であるナミシロの御神体も無くなってしまったなんて、外聞が悪いじゃろ。悪い噂も立つだろう。そうなればこの村の対外的な立場も地に落ちる。


 ちょうど町村合併の話が上がっていた頃でな。面倒ごとは抱え込みたくなかったんだ。否、この事件のせいで合併時の立場が悪くなる事を恐れたんじゃ」


 「そ…そんなこと…」


 「アホらしいじゃろ。しかしここの連中は本気じゃった。だからな。隠蔽工作をした。事件自体をなかったことにしたんだ。


 榊田にはな、これだけ探しても見つからないんだ。警察に捜査してもらうと言っても同じだろうとな。そして謝罪と賠償の気持ちを込めて相応の金額を支払った。


 榊田からしたらな、納得はいかなかっただろう。ただ、警察のほうで探し続けたとして状況が変わるかといえばそうは思えなかったのも事実だった」


 「そんな…それじゃ琴音ちゃんの失踪は──」


 「そう、村の連中によって揉み消されたんじゃ。でもな、そんなことをして平気な人間なんておらん。ここいらの連中は今でも罪悪感に苦しんでおるよ。


 だから触れてほしくないんだ。あんたらはその傷をほじくり返しとったんだ、だから拒絶されたんだな。怯えていたんじゃろて。


 まああの連中にとっては自業自得だからな、同情は出来んが」


 「なかったことにしたいんですね。辛い記憶に蓋をしたかったのか──」


 「まあそんなところじゃろ。その事件がきっかけでここの神主も神社を諦めてしまった。御神体がなくては何も祀っていないのと同じじゃ。ナミシロはな、文字通り空洞になってしまったんじゃ」


 「それからずっとここは放置されていると。榊田さんは…その後どうされたのでしょうか」


 「失踪して数年はちょくちょく来ていたんだけどね。ずっと娘を探し回っていたよ。可哀想な男だ。


 でもある時から姿を見なくなった。諦めたのか、余所を探しているのかは知らん」


 「そうだったのですね…どうやら各地を転々とした後、J宮市に引っ越して暮らしていたようでした」


 「ほう、そうでしたか」


 「あの、もう一つ。細井さん、細井欣三さんという方についてもご存知でしょうか」


 「ん、ああ、細井さんか。もちろん知ってるで。

 なんかたまにナミシロに手伝いに来とったね。神主さんがどこぞで知り合ったんじゃろ。


 ただ、祭儀のとき以外はあんまりこんかった。そんなんだから滅多に顔を見せんし、村の衆ともほとんど口をきかん。


 その癖儀式の作法やらはちゃんと覚えておってな、一字一句違わず口上もやってのける。大したもんじゃ。


 どこぞの神社から遣わされてきたんじゃと思うとったわ」


 「やはり…細井さんはこの村の方では無かったのですね」


 「ああ、そうな。何処の生まれなんかもようわからん。訛りはなかったから都会の出なんじゃないかの」


 「あの…ご老人はこの神社について詳しいですね──やはり何かご関係が」

 虎元が尋ねた。


 「ない。これだけ長い事ここに住んでれば嫌でも情報は入ってくる。それだけじゃ。何か言いたいことがあるのかな?」


 「申し訳ない、ご老人。最後にもう一つお伺いさせて下さい。この子なのですが、ご存知ないでしょうか」

 榊田の自宅で見つかった怪文書の女の子の写真を差し出す。


 「うん、見たことはないな。この辺の子じゃったらすぐに解る。悪いがこの子は知らんな」


 泉名はこの娘が鏑木さんの娘ではないか──そんな期待を持ったのであろう。しかし早々に否定されてしまった。


 「それで、あんたらは何を探しておる」


 「あ、、その、榊田さんですが先ほどお伝えした通りJ宮市に住んでいたのですが。つい先日行方が分からなくなりまして。その、細井さん──こちらは息子さんのほうになりますが細井さんも同時期に姿が消えてしまいまして」


 泉名は簡単にここまで調べた経緯を伝えた。

 老人は初めて驚いたような顔をした。今まで何処か浮世離れしているような、そんな印象を受けたが──人間らしい表情だと思った。


 「ほう、そうか…。二人が近くに住んでおったとは。変なことが起きていないといいが」


 老人は息を深く吸い込んだ。


 「いいか、人と人の因果というのはな、何処かで必ず交わるんじゃ。時間が解決するなんてことはない。むしろ余計に捻れて悪化することさえある」


 「何か──思い当たる節などあるのですか」


 「そうじゃな、あまり考えたくはないが。

 まああんた達なら何か分かるかもしれんな」

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