第6話

 泉名達はそこで一通りの調査に区切りをつけ帰路に就くことにした。


 曲がりくねった山道を降りる。ところどころ湿っているので危なく足を取られそうになる。


 「ああ、なんて歩きにくい道だ。ここを降りるのも一苦労だよ」


 「昔はもうちょっとマシだったんですかねぇ、ほら、雑草が道の半分程度まで生えてますし」


 目線を先に遣ると木々の隙間から何か屋根のようなものが見えた。以前来た時は気づかなかったが、山を下ったところに小さな民家があったのだ。


 「あれ、あんなところに家がある。この神社の書庫か何かかな?」


 「うーん、あれ、人が住んでいるようにも見えますよね。ほら、干し草かな、玄関の横に何か吊るしてあるけど」


 「行ってみます?ほら、多分こっちに進めばあの家のあたりに降りられるんじゃないですか」

 来た道をよく見るとうっすらと雑草に隠れるように道が伸びていた。


 「ああ、登ってきたときは気づかなかったけど、ここで合流してたんだ」

 二人は足を取られそうになりながらも民家の方向へ降りていった。


 暫く進むと民家の裏手に出た。小さい家だが、人が住んでいそうな気配が残っている。


 「すみません、どなたかいらっしゃいますでしょうか。私は横浜で探偵事務所を営む泉名と申します」

 泉名が大声で小屋に向かい話しかける。


 無言の時間が続く。


 すると、背後から声がした。

 

 「何の用ですかな?」

 

 振り返るとそこに仙人のように枯れた老人が立っていた。手元には山菜のようなものが入った桶が握られている。


 土に汚れた作務衣を着ている。白い髭は長く伸び、髪は短く刈っている。浮世離れしたような風貌だった。


 「突然の訪問で申し訳ありません、横浜で探偵事務所を営む泉名と申します。この山道を登ったところにある波城神社に関係する事柄について調べておりまして。


 こちらのご自宅が見えたものでお伺いさせて頂きました。少しお時間を頂けないでしょうか」


 「ほう、ナミシロになぁ。珍しいのう。あんた達、この前もここにきたじゃろ。別に珍しいものは何もないのに熱心なことじゃ」


 「実は人を探していまして」


 「ほう、人探しを」


 「村の方にもお話を聞いたのですが、その──」


 「ああ。追い返されたんじゃろ。余所もんには冷たい村だからな、変な詮索はされとうないんじゃ」


 「あの、ご老人はこの上にある神社とはどう言うご関係で?」


 「関係なんてない。わしは昔っからここに住んでいるだけだ。ナミシロは管理を放棄されてもう死んでいる。まあ昔はそれでも多少は賑わっておったがな。わしも今じゃこんな老人じゃ、もうすぐ死ぬ。それだけだ」


 達観している、とも取れる老人の口調は強く、そして落ち着いていた。


 「あの、榊田さんという方を探していまして、この村のご出身とまでは教えてもらえたのですが…この村の人々にとって触れてはならない話らしく。追い返されてしまいまして」


 「ああ、榊田んとこのか。そんな事であの連中もくだらんことしとるのか。別に触れてはいけないなんてことはないわ」


 「で、では榊田さんをご存知なのですね」

 「ただ知ってるというだけじゃがな。

 あの連中はな、バツが悪いだけじゃ。それに、わしは村の人間でもないからな。別に構わんよ」

 そう言ってご老人は当時起きたことを話しはじめた。


***


 波城神社では年に一度、神を奉るための祭儀が執り行われていた。


 祭儀とはいうものの、村人にとっては出店が出て、神輿を担ぐなど、専ら縁日のような扱いではあったようだ。


 その日は村中の人が波城神社を訪れ、大いに賑わうため、娯楽のない田舎にとって数少ない地元の祭りとして親しまれてきた。


 同時に、神様に五穀豊穣を祈り災いから村を守ってほしいという願いをかける、神聖な儀式の場でもあった。


 その儀式というのが次のようなものだった。


 毎年、特別な力を持つ巫女が選ばれる。巫女は十歳から十五歳の少女でなくてはならない。選ばれた巫女は祭りの前日から翌日の昼まで社で一晩過ごさなければならなかった。


 神社に立ち入ってから儀式が終わるまで、この神社の御神体である能面を被って過ごす必要がある。


 そして最後に、神楽の中で能面をつけて舞を踊り、豊穣と厄除けを祈る、と言ったものだった。


 ある年の祭りで、巫女に選ばれたのが当時の榊田の娘、琴音ちゃんだったそうだ。


 榊田家はその時既に村を出て、市内で生活をしていたようだが、ただでさえ子供の少ない村で、巫女としての才覚がある娘を見つけることは非常に困難であり、どうしてもということで巫女役を引き受けたそうだった。


 琴音ちゃんは作法通り、儀式の前日に神社に入り、能面を付け、神主より神に遣う巫女としての祈祷を受けた後、社殿で一晩を過ごしたという。


 夜の間は、誰も神社を訪れてはいけない決まりとなっていた。


 やがて夜が明け、朝靄のかかる頃に神主は琴音ちゃんの居る本殿に向かい、朝の身支度をするように声をかけた。


 しかし、驚いたことにそこに琴音ちゃんの姿は無かったのだ。琴音ちゃんは、着けていた能面ごと姿を消していた。


 神主は取り乱した。


 一人の娘、そしてこの神社の大切な御神体が姿を消してしまったのだ。


 その後は村中が大騒ぎになり、いく日も大掛かりな捜索が行われた。しかし、一向に琴音ちゃんの姿は見つからなかったという。

 

 鏑木は怒り狂った──


 村人が犯人じゃないのか、お前らが皆で琴音を攫ったんだろう──


 村人は耐えるしかなかった。


 大切な娘を亡くした父にこうべを垂れ、謝罪し、許しを乞うた。村人は総出で探し続けたが、どれだけ探しても娘は見つからなかった。


 琴音ちゃんが姿を消して数ヶ月が経とうとしていた頃。


 村人の誠意は伝わったのか、鏑木はいよいよ諦めるしかなくなった。


 既に村人の間では榊田は腫れ物のような扱いを受けていた。


 村人達は心の何処かでもう見つからないと思っているのに。この男の前では絶対にそれは言えない。


 そんな歪な関係が出来上がってしまっていた。

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