第5話
話しかけた瞬間目が合った。こちらを怯えた目で見ているように感じる。
「なんだお前たちは。勝手に色々詮索しているようだな。迷惑なんだ、帰ってくれ」
こちらが話しかける前に遮られ、老人達は拒絶の姿勢を示した。
おそらく先ほどの売店の店主が連絡をしたのだろう。村の噂はすぐ広まるというが、それにしても早い。
急な敵意を向けられて面食らっていると、泉名が口を開く。
「私は横浜で探偵社を営む泉名と申します。
先日はこちらにお住まいの方には大学の関係者と名乗っておりましたが、本業は探偵です。こちらは探偵助手の虎元です。
依頼者より榊田さんという方を探してほしいとのことでここを訪れたのですが、何か不都合なことがおありなのですか?
こちらにいらしているのであれば色々と探らなくてもよいことは探るつもりもないのですが。必要とあらば調査せざるを得ません。知っていることがあれば教えていただけますでしょうか」
早口で捲し立てる。
威圧的だ。
おまけにここにきて探偵と明かすのだ。
田舎に住む年寄りには幾分刺激が強すぎるだろう。案の定、老人達はいっそう戸惑いの目をしていた。不安なのだろう。その中でも最も歳の上であろうご老人が前に出てきた。
「泉名さん、でしたね。なにぶん村の外から人が来るなんて滅多にないことで、不快に思われたら申し訳ない。
ただ、榊田のことだね、知ってはいるがここには来ていない。残念だがね」
「やはり榊田さんについてはご存知なのですね」
「もちろんじゃ、この村の出身だからな。もう何十年も前にこの村を離れたがな。それ以来ここには来ていないよ。調べても無駄だ、それ以上は知らん。悪いがこれ以上話すことはない」
そう言って奥に戻っていってしまった。
「この村の出身だったのか…しかし参ったな、過去に何があったんだろう」
あの様子だと、何かしらの衝突と、かなりの拒絶があったように見える。
泉名達はこれ以上の情報収集は難しいと判断し、神社に向かうことにした。
以前訪れたときと同様、その廃神社は変わらず打ち捨てられ時が止まったようにそこに鎮座していた。
境内は写真から受ける印象より広いが木々が生い茂っていることで妙な圧迫感を感じる。
傍には崩れた小さな建物の木材が積み上げられている。手水舎があったのだろうか。
戸口は全て外され、社殿の中に陽が差し込んでいる。入り口から回り込み、社務所に入った。
連絡帳を開く。以前細井の名前が記載されていたものだ。
「あ、あったあった。榊田さんの名前が載ってます」
「この村の出身だったよね。おかしくはないね。うん?連名で書かれているね、琴音?誰だろう」
「ご家族ですかね。確か、過去に家族がいたらしいと──」
榊田と仲の良かった木村という老婆が言っていた。そう話していたとき、突然何処からか音が聞こえた。
キン、キン…
「ん?今の音、例の電話越しに聞こえた音じゃ」
板木を鳴らす音──のように聞こえた。
ウウゥ…
「やっぱり、何か聞こえましたよね…今度は人の声みたいなものが」
「うん…何処から聞こえてくるんだろう。本殿のほうかな?」
恐る恐る社務所を出て本殿に歩いていく。短い廊下を通ると、傷んだ床がギィギィと鳴った。その音だけでも結構怖い。
廊下と本殿の境には神社幕がぶら下がっている。ところどころ破れ、辛うじて垂れているといった具合だ。
恐る恐る本殿を覗き込む。折れた格子窓から明かりが差し込んでいた。本殿には何もなく、ただ閑散としている。
向かいの壁には神を祀っていたのであろう、一段ほど高くなった床にこちらにも神社幕が下がっていた。
どことなく情緒を誘うような景色であった。床にはカビだらけの大きな赤い絨毯が敷かれている。
一歩踏み出したところで足元に不快な感触を感じた。
グジュ…
「うわっ、この絨毯濡れてますよ、相当水分を吸い込んでる」
泉名もあとから絨毯の上に足を踏み込む。
「本当だ。嫌だねえ、これは」
「ちょっと、奥の方もみたかったんですが、ここ通るの嫌ですよ」
「ああ、別に奥に行っても何も無さそうだもんね。やめておこう。それにしてもなんでこんなに湿ってるんだろう」
「あっ、ひょっとして」
耳を澄ませると遠くで川の音がする。
「この川の水?」
「そうじゃないですか?地下に溜まった川の水がここに吸いでて湿ってるんじゃないですか」
「そんなもんかね。それだと、さっき聞こえた音もこの水気が板を鳴らした、とかだろうね」
「うーんそんなものですかねえ」
「悪霊が出てきてガンガン音を鳴らしてるよりはよっぽどマシだろう」
「そりゃそうですけど」
「ほら、まだパキパキ聞こえるよ。多分この下のほうから聞こえる。絨毯の下だ。ああ嫌だ」
それから社務所に戻り再度調査を行った。
目新しいものはなかったが、細井、榊田の名前と住所、念の為他の連絡帳や住所録を控えておいた。
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