第3話

 「また面倒な話を受けたんだねえ。

 この前の調査で懲りたと思ったんだけど。


 まあ波城神社の調査は楽しかったからいいけど。細井さん、ヤバい人だったんでしょ?」

 泉名が毒付く。


 「そんなこと言わないで下さいよ。

 僕も怖いに決まってますよ。というか、あの家にはもう二度と近づきたくないぐらいですよ。


 ただ、乗り掛かった船じゃないですか。ひょっとしたらあの能面の秘密が何か分かるかもしれないじゃないですか」


 「まぁ、それには興味あるからね。でだ、聞き込みはどうだった?」


 「それがですね、それとなく聞き込みをしてみたんですが。あの辺りで他にも事件が起きていたらしくて。


 近くのアパートでですね、隣人同士の争いがあって、人が亡くなってるみたいなんですよ。

 ちょうど一年ぐらい前ですかね。直接は関係なさそうですが気になりまして」


 「どんな事件だったんだい?」


 「犯人は、平吉彦という四十六歳の男性で、元々薬物中毒者だったそうです。被害者は茂田克也 五十二歳の男性、どうやら普段から折り合いが悪かったようでよく揉めていたということです。


 茂田は茂田で、所謂ゴミ屋敷というか、いつも土のついたような汚れた格好をしていたそうです。


 ちょっと気になるのが、この茂田という人物、偽名であったそうで。亡くなった後にどこの誰かわからず警察も扱いに困っていたそうです」


 「薬物中毒者に偽名の男ですか。随分と物騒なアパートだね」


 「ちょうど近くに住んでいる管理人の方に話を聞けたんですが、この方の意向によるところが強いみたいです。


 入居者の過去だとかに拘りなく、困っている人は放っておけない性格らしくて。


 いろんな事情で部屋を借りられなくて困っている人を見つけると、救いの手を差し伸べていたそうです。所謂、世話焼きが好きなおじさんという感じでしたよ」


 「なるほどねえ、確かに過去に何かあったり、身元が保証できないと部屋を借りるのも難しいからね。


 そういう人たちの受け皿は必要だからね。素晴らしいことではあると思うよ。ただ、善意の活動も、こんなことが起きちゃったのは居た堪れないね」


 「まさにそうなんですよね。平は気性が荒く度々問題を起こしていたそうで。


 その日もちょっとした言い争いから発展して、殴打した際に打ちどころが悪くて、運悪く…というところです」


 「事故みたいなもんだよね。

 ただ、時期も違うしね。榊田さんと細井さんの失踪に関係しているかというとちょっとわからないね。


 このアパートの住人との関係は少し調べてみる価値はあるかもだけどね。他の聞き込みはどうだった?」


 「はい、榊田さんと仲のよかったご近所に住む木村さんというご夫人にお話を聞けました。

 立原さんの亡くなったお父様と、この木村さん、榊田さんでよく集まって将棋やら囲碁やら楽しんでいたみたいです。


 その、木村さんからの情報によると。

 ここに越してきたのは七年ほど前。

 中古の物件で空き家になっていたそうなのですが、そこを買い取って引っ越してきたそうです。


 木村さんも、榊田さんの過去についてはあまり聞いたことはないそうなのですが、どうやら若い頃はトラックの運送業をしていたとかで、各地を転々とされていたそうです。


 ご家族についてですが、過去にいたような話をしていたことがありまして。

 こちらも詳しくはわからないのですが、過去に結婚されていたことがあったようなニュアンスでお話しされていたそうです。


 最近変わった様子がなかったか、とも聞いてみたのですが、特に変わったことはなかったと。

 強いて言うと、少しすれ違う頻度が多くなったきがする、ということでした。


 といっても、長く家を空けると言うことはなく、散歩でも始めたんだろうと思っていたそうです」


 「なるほどね…これと言って失踪するような様子は見られなかったという訳だね」


 「まあそうですね。それから、榊田さんのお宅にもお邪魔して部屋に手がかりが残されていないかも見てきました。


 泥で汚れていたようだと聞いていましたが、点々と泥のあとがついている感じでしたね。土足のまま上がったようにも見えましたので、外部のものに侵入されたセンもあるかと思います。


 それと、例の怪文書ですが確かに、あの時に細井さんに見せてもらったものと同じでした。

 それから、一部だけ違う怪文書というのがこれで。どう思いますか?」


 そこには、女の子の顔写真と、判別は不明だが、何か文書が書かれていたようだった。


 『xxはあなたを見ていxす』


 「文字を読み取れないところも多いのですが。何かを伝えようとしているようにも見えました」


 「なんか、情報提供を募る時に配るようなチラシみたいだね。この人を探しています、というようなものであればこの体裁になりそうだ」


 「はい、なぜこれだけが他の怪文書と違ったものなのか、なんですが、この文書、一時期町の掲示板に張り出されていたみたいなんです。気味が悪いって苦情になって。


 当時の自治会長だった立原さんのお父さんが剥がしていたそうなんです。町内の掲示板は一箇所しかなく、それ以外の周辺の区域ではそんなものは貼られていないことが確認できています」


 「変な話ですね。榊田さんが持っていたということは、榊田さんが怪文書を貼った本人だったのか、はたまた掲示板に貼られたそれを剥がして持ち帰っていたのか。何にしてもちょっと理解しにくい行動だね」


 依頼人や周囲の人間に聞く限り榊田さんは異常行動をするような人間ではなさそうであった。


 目的が不明瞭なのである。


 「ああ、そういえば、この前細井さんのお宅でかかってきた電話、録音が残ってたでしょ。改めて聞いてみたら妙な音が入っていたよ」


 「え…そうなんですか」


 記録のために細井さんのご自宅に訪れていた時の音声はそのまま録音していた。


 「ちょっと聞いてみてほしいんだけど──」

 そういって音声を再生した。

 

 ザザ、、ザザザ、、、カン、カン

 

 「なんの音でしょう。カンって、何を叩くような音ですが…」


 「そう、それから少し、水の流れる音が聞こえる気がしない?」

 

 ザザ、、サァーー、、ザザ

 

 「波城神社にはね、祭り事の際に板木を鳴らすという風習があったようなんだよ。


 この甲高い音、板木を叩く音じゃないかな。

 そして、波城神社は近くに川が流れていたね…

 もしかしたら、細井さんは──」


 「波城神社にいた、と言うのですか?」


 「それはわからないけどね。もし彼が元々波城神社の存在を知っていたら。そして怪文書の写真が波城神社と気づいたとしたら──可能性はあるんじゃないかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る