其の参 能面の帰る場所
第1話
立原正吾は久しぶりに地元に帰ってきた。
就職を機に都会に出て以来、結婚もせずに気楽に一人暮らしをしていたが、つい先日、父が亡くなったことをきっかけに実家に戻る決意をしたのだった。
父、仁彦とは割と連絡を取るほうであったが、声を聞くたびに元気そうだったので心配はしていなかった。
町内の自治会長を長く務め、生きがいを感じていたこともあるのだろう。
そう思っていたのだが──
突然のことだった。
数ヶ月前から塞ぎ込むようになり、そのまま身体を壊し、半年ほど前に亡くなってしまった。
町内でトラブルがあったような話を聞いたが、詳しくは聞いていなかった。
呆気ない最後だと思った。
悲しみは大きいが、突然だったこともあり、どこか現実みを感じていなかったのかも知れない。
まだ父がこの部屋にいるような、そんな気すらする。
自治会の仕事はとりあえずは自分が引き継ぐことになった。
年々高齢化していくこの町の人たちの世話をするのは大変であったが、昔から自分にも良くしてくれていた人たちだったのでそれもいいか、と思っていた。
掲示板の管理だとか、ゴミ捨て場の清掃だとか、面倒な仕事は多かったが、まあ特に趣味がある訳でもないのでそれとなくこなしていた。
そんなある日のこと──
その日は仕事で夜遅くに帰宅することになった。
暗い夜道をとぼとぼと家に向かう途中。町内は大通りから一本入り込んだところであったため、電灯もまばらであった。
自宅の少し手前で何か不穏な空気を感じた。
一軒の家から若めのスーツ姿の男が慌てて飛び出してきたのだ。
確か、この家は、去年住まれていた方が亡くなり、今は息子、といっても私と歳はほとんど変わらないが。その息子が一人で住んでいるはずだった。
こんな夜遅くに。
怪しかった。
「あ…あの、何してるんですか?
この家の方ではないですよね…」
恐る恐る声をかける。
「あ、、ええと、あの、、すいません」
ますます怪しい。
「何をされていたのですか?この家の方は許可をされてるのですか?」
自然と口調が強めになった。
「は、はい、許可は頂いております。
えっと、あの、私は泉名探偵事務所の虎元と申します。
こちらに住まれている方、細井さんより相談を受けまして、調査のためこちらに訪れていたところでありまして」
「それじゃ、細井さんは中に?」
「い、いえ、、ちょうど出張されるということで鍵をお預かりしたのです。
ほら、こ、こちらにありますよ」
怪しまれていることを察してか、言い訳がましく鍵を差し出した。
「なるほど、そういうことなのですね。すみません、私はこの地域で自治会長をしてます立原です。
疑っている訳ではないんですが、突然出てこられたので、失礼しました」
まだ疑っている気持ちが無くなった訳ではないが、身元を明かしていることもあり、ひとまずは信じることにした。
「あ、いえ、こちらこそすみません、ちょっと驚いたことがあって…取り乱して出てきてしまいました」
確かに取り乱している様子だった。嘘はないようだ。
何に驚いたかはわからないが──あえて聞く必要もないだろうと思いそれ以上は問いたださなかった。
「そうですか。細井さんによろしくお伝えください」
そう声をかけると、男は頼んでもいない名刺を差し出し、何か困ったことがあったら連絡してくれ、と言い立ち去っていった。
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