第6話
和室のようであったが、まるで廃墟のような様相だった。
その部屋の窓ガラスは割れ風が吹き込んでいる。
そのせいか、畳は傷み、ところどころ破れており、黒いシミが転々としている。腐っているのだろう。
天井は梁が剥き出しになり、まるで何十年も放置されているような部屋だった。
踏み込むと足元の埃や塵が舞う。埃っぽい中にすえたような強烈な匂いか鼻を刺激した。
「ど…どういうことだこれ…」
こんな廃墟染みた部屋が普通の一軒家にいきなり出てくるはずはない。
突然の状況に面食らっていた。
持っていた懐中電灯で壁を照らすと、歳を取った男性の遺影、若い女性の遺影が飾られていた。
「こ、この方…。細井さんのお父さん、欣三さんっぽいな、この隣の女性は…お母様か」
母親は若くして亡くなり、それ以来男手ひとつで育てられたと言っていた。
遺影のある壁の下に目線を移してみると。
細長い棒状の物が横になって転がっている。
黒く艶のある質感に埃が積もっている。
「こ、これひょっとして…」
電灯で照らす。
しっかりと文字が彫り込んである。
「やっ…やっぱり、位牌だ。嘘だろ…」
こんな雑に扱うはずがないものだ。
しかしその位牌は、ただそこに捨てられているのである。
急いで辺りを照らしてみるが仏壇も何もない。
そこで虎元はあることに気づいた。
「…ん?ここ……畳の下に何かある?」
不自然に畳の端がズレている、僅かに反っている畳の浮いた隙間から、暗い空間が見える。
この下に何かあるのか?
「うう、気持ち悪い…」
意を決して畳の端を掴み、ゆっくりとスライドさせていく。
ザザザ…ザ……
畳が擦れる音が響いた。
「う、こ、これは…」
丁寧に仕舞われた桐の箱が出てきた。
「これ…まさか…いやでも…」
ちょうど、手のひらより少し大きいサイズだ。
ゆっくり箱に手をかけ、蓋を外す。
中から出てきたものと目があった。
「こ…これ、能面だよな…」
怒りの表情にも見える顔があった。
目は大きく開かれ、こちらを睨みつけている。
口元は歪み負の感情を醸し出している。
先ほど写真で見たものと同じであった。
虎元の恐怖は限界まで来ていた。
背筋が凍りそうになる。
「ううう、寒い…」
トゥルルル…トゥルルル…
「うわっ!」
突然電話が鳴った。
「は…はい…」
「あ、もしもし、細井です。調査どうですかね?ちょっと心配になって電話しちゃいました」
「あ、ええ、そうですね…。い、一応見てはいるところでして…」
「そうですかあ、それはよかったです。
いやあ、父もよくもまああんなに色々残してくれたなぁと感心してますよ。
私なんて本の中身みてもその価値も全く分からないですからねえ」
何かテンションがおかしい──
「あの…しょ、書斎の、お、奥の部屋のことについて…お聞きしたいんですが。」
恐る恐るこの部屋について聞く。
「ああ、見て頂けました?あそこはねえ、落ち着くんですよ。
ということはお面の場所もわ、、りま、、た?
うちの家宝でね、若い頃父から譲り受けま、、てね。
立派な面なんで気に入、てるんですよ」
「も、、、ろん、、、人目に、、、ない、、うに、、、ほか、、てるん、、す、、ね」
ザーと雑音が入る。
「え?も、もしもし、細井さん?細井さん?」
「き、、えてま、、よ
、、、ぷ、、、あはは、、、だなぁ、、
はは、、ははは、、、ザーーー、、でしぬ、、、って、あはは、、、ザーーー」
電話はそのまま切れてしまった。
「な…なんなんだ…。ちょ……ちょっと……」
明らかに細井の様子がおかしかった。
言い知れぬ恐怖が虎元を襲う。
途端に息苦しくなる。
吐き気が込み上げてきた。
頭が痛くなってきた。
虎元の体が非常事態だと知らせている。
まずい。早くここを出なくては。
「と、とにかく外へ…」
すぐに手に持っていた能面を戻し、畳を戻し立ち上がった。
その後のことはよく覚えていない。
すぐに細井の家を出て事務所に逃げ帰ったらしい。
その後──
細井祐介とは連絡が取れていない。
怪文書の差し出し人も謎のままである。
依頼人が行方不明となったことで調査は終了となった。
了
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