第5話

 数日後、虎元は依頼人、細井祐介の自宅前に来ていた。


 あの後、細井と連絡を取り、仔細を報告したところ次のことが判明したのだ。

 

 細井は幼い頃に今の家に引っ越してきていたため、旧波城村を訪れたことはなく、また、知人も特にいないと言う事だった。


 したがって、細井自身は村のこと、波城神社のことについては全く知らないとのことだった。

 しかし、昔父が旧波城村に住んでいたということは聞いていたらしい。

 

 細井欣三、という名前を伝えると、すぐに細井の父である、と分かった。

 また、詳しいことは分からないが、父が神職に関わる何かをしていたようで、妙にそちらの話に明るかったという。


 父が亡くなった後、残された書斎はそのままにしているらしく、何か手がかりがあるかも知れない。

 そう言うのだった。


 都合の悪いことに、細井は仕事の関係で出張に行くと言うことで、細井の許可を得て虎元のみで細井が不在の自宅を捜索することになった。


 また、あれ以来怪文書は投函されておらず、結局誰があの怪文書を投函したのかは分からないままであった。

 

 泉名は、調べたいことがある、ということで虎元のみで鍵を借り受け、細井家へ訪れることになったという訳だ。


 細井の自宅は普通の平家の日本家屋であった。

 細井が言っていた通り、だいぶ古い建物ではあったが、それでも家の前は小綺麗に保たれていた。

 几帳面な性格なのだろう。

 

 鍵を回して家に入る。

 

 簡単な間取りは聞いていた。家に上がると手前にあるリビングを横切るように廊下をまっすぐ進んでいく。突き当たりに部屋が見えた。


 一番奥のその部屋が父がいつも書斎として使っていた部屋だということだった。

 虎元は途中、不思議な違和感を感じた。

 変わった間取りだったのだ。


 玄関に入って廊下の右手にリビング、キッチン、和室が並んでいる。

 外観からして左手のほうにも部屋があるはずなのだが玄関から続く廊下には入り口がないのだ。

 奥の書斎を経由して入るのだろうか。遠回りな作りだな…と思う。


 書斎のドアをあける。


 壁一面にびっしりと本が並んでいた。

 神職に関わるような本が多い。


 「神代歴史録…、神官作法所作…、

 やはり神社に関わる仕事をしてたのかな。

 ん、これはなんだ?

 鬼神祭事録?鬼か…?」


 取り出してパラパラと適当に捲る。


 すると──


 ひらりと一枚の紙が落ちた。本に挟まっていたのだろう。写真のようだった。


 「なんだろう…」

 ゆっくりと写真を手に取ると──


 「うわっ…!」

 白黒の古い写真だった。


 そこには、能面をつけた、神職の格好をした男が立っていた。


 「こ、これ、例の能面か…?」


 面は恐ろしい顔でこちらを睨みつけている。全面を面が覆っており、男からは感情が読み取れない。


 波城神社の能面なのか?

 巫女が着けるべきものではないのか?


 その時だった──

 

 ギシッ、ギッ、ギシッ…

 

 「ん?なんだ?」


 背後で床が軋むような音がした。

 急いで振り返ると、玄関に続くドアとは別に、反対側にもドアがあることに気づいた。


 思った通り、家の左側の部屋にはここから入るのだろう。


 「こっちのほうで聞こえたのか…?」


 ドアを開けると、和室が見えた。

 部屋の端に布団が畳まれている。


 「ああ、寝室かな。すぅ…随分ひんやりするなあ。

 あ、奥にも部屋があるのか」


 奥には隣の部屋に続く襖があった。

 襖は小さくカタカタ振動しているようだった。

 窓が開いているのか?


 「ふう、やけに寒いのはそのせいか…。

 なんか、この襖、だいぶ傷んでるな…」

 ゆっくり襖に手をかけ、力を入れる。

 

 ガタ、ガタ、ザザザ

 

 立て付けの悪い襖がゆっくり開いた。

 

 「ええ…!?うっ……なんだ…これ」


 その部屋は酷い有様だった。


 和室のようであったが、まるで廃墟のような様相だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る