第2話

 細井が訪れたその次の週のこと。

 「トラくん、またよく分からない案件受けちゃって。

 どうしてこうも変な話ばっかり舞い込んでくるんだろうなぁ」


 「仕方ないですよ、泉名さん。

 何軒かたらい回しにされてここを紹介されたらしいんです。もう最後の駆け込み寺ですよ」


 「困ったもんだねぇ。変な頼られ方しちゃってさ。

 まあ仕方ない、神社だよね。詳しい人に連絡しておいたから、そろそろ見つかるんじゃないかな」

 

 トゥルルル…トゥルルル…

 

 そうこう話してるうちに電話がなった。


 「はい、泉名探偵事務所です。

 ああ、杉山さん、わざわざすみません、例の神社のことですよね」


 杉山というのは全国の神社仏閣に詳しいという、いわゆる泉名のオタク仲間だった。

 大小関係なく各地を渡り歩き、珍しいものがあれば見て回っているのだ。


 「例の神社なんですけど、中々見つからなくてですね。随分小さな社なのでかなり小規模な神社なんでしょうね。

 おまけにかなり傷んでるので管理されていないのかもしれませんし。


 結局わからなかったのでネットで情報を募ったんですね。そしたらここじゃないか、という人から情報がもらえましてね。


 O山郡K原市の小さな集落ですね。そこの波城神社というところなんじゃないかと」


 「聞いたことない神社ですね」


 「そのはずですよ。神社としてはもう三十年も前に廃業していまして。

 情報をくれた人も昔子供の頃に行ったことがある気がする、といった朧げな記憶を頼りに教えてくれたぐらいですから。


 その神社の謂れがまた特殊でして。これはその後神社について調べてわかったことなんですけどね」

 

 杉山が蒐集した話はこうだった──

 その昔、当時は波城村、という小さな村だったそうだ。この村の近くの山に、いつの頃からか鬼が住み着くようになったそうだ。


 鬼はたまに里に降りてきては農作物を取っていくようになった。ただし、それ以上には村人には害がなかったそうで、迷惑に思いながらもうまく付き合っていたそうだ。


 ある日を境に状況は一変した。

 村から、子供の姿が消えたのだった。


 当然、村人は鬼を疑った。

 ひとり、また一人と村の子供が消えていく。


 村人は憤った。


 ──あの鬼め、絶対に許してはならん。


 ──すぐに捕まえよう。


 村人たちは協力し、小高い山の辺りに追い込み、苦心しながらも鬼を捕えた。

 その方法と言うのが。


 村人達は地中深く穴を掘り、土豪として使える程度の広さに更に横穴を広げた。そこに子供に模した人形を置く。


 鬼が穴を覗き込んでいたところを、村人総出で掴み掛かった。


 鬼は当然暴れた。

 村人には切り札があった。


 鬼退治を専門とする陰陽師から鬼の力を鎮めるという能面を譲り受けていた。

 力を失った鬼は、あえなく地中深くの穴の中に落ちていった。

 

 しかし──


 鬼は死んではいなかった。

 それからというもの、四六時中、鬼の怒り狂う声が村中に響きわたったという。


 村人は恐れ、畏怖した。

 その後すぐに、村人は穴の上に社を建てた。

 村人は鬼を鎮めるため、加持祈祷を執り行うようになったという。

 

 それが波城神社の始まりとなった。

 

 「鬼を祀った神社…ですか。

 全国にはいくつか鬼神を祀った神社があると聞きますが、ここもその一つなんですね」


 「鬼を祀っていること自体が殆ど知られていなかったんですよ。


 村の人々の後ろめたさもあったのかも知れませんが、村の外の人には神社の存在自体隠されていた。調べても情報が出てこない訳です。


 部外者の敷地への立ち入りや、祭事への参加は固く禁じられているそうです」


 「今の日本にまだそんなところが存在していたのですね…。

 そうか、そのまま神社自体が廃業してしまったことも関係して、限られた人々のみに知られている状態となっているのですね」


 「まさにそうです、数百年間、神社に対する信仰は続いていたそうですが、近隣地域との合併や、高齢による過疎化も進んだ結果、管理する人もいなくなってしまったようですね」


 「この写真、うっすら人の影のようが見えますが、背丈からして子供なのかな…何か関係があるのですかね」


 「関係があるかわかりませんが、鬼を鎮める祭礼が年一回行われてました。


 それは、その年に選ばれた女の子が巫女に扮し、先ほどの話にあった能面──陰陽師から譲り受けたものですね、その能面をつけ、鬼を鎮めるための舞を踊る──と言ったものらしいです。


 よく見ると女の子のようにも見えなくもないですよね。でも神社が廃業した後のように見えますけど、その後も信仰は続いていたのかなあ」

 

 杉山はそう言うと、何か分かったら教えて頂戴、と楽しそうに言い電話を切った。


 「この村に行ってみようか。存在を秘密にされた神社、それもとっくの昔に廃棄されている。


 その神社の写真が全く別の場所の家に投函されている。その意図が分からないが、きっと何か意味があるのだろう」

 泉名が言った。


 こう言った話は大好物なタチなのだ。

 きっと話を聞いているうちに自分の目で見たくなったのだろう。ウズウズしているようにも見える。


 善は急げとばかりに泉名は何やら調べ始めた結果、さっそく翌日、泉名と虎元は波城神社に向かうことにしたのだった。

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