第31話

すると、目の前には



「シャワー浴びれた?ごめんね狭いとこで。しかもトゥルトゥルになるトリートメントとかなくてさ~。」



 帷さんがいた。



 それはもう全面的に、私の視界が帷さんだった。



 アコーディオンカーテンにずっと張り付いていたかのように。



 今彼との距離は、およそ20㎝。ソーシャルディスタンスだってなるべく2mの間隔は開けるようにといわれているのに。



「あ、あのっ、バスタブもあってゆっくりできましたっ。ありがとうございました!」



 このままお辞儀をしてはぶつかると思い、お礼だけしっかりと伝えた。



 そう、彼はここのトップ。一言で大勢のメンバーを一掃できるような、独裁国家を背負しょって立つおさだ。殺される前でもお礼はちゃんと伝えないと。




「…あー、俺と同じシャンプーの匂いすんね。えへへ。あ、よく見れば目の下と口元にほくろがあって、もうまさしく『あの柿』の山元織羽って感じだね。」


「…あ、そうです。わたし、『あの柿の下で。』の山元織羽です…。」


「へえそうなんだ。そうやって俺の推しのふりしちゃって、俺をだまくらかそうったってそうはいかないよ?」


「…"だまくらかす"??…"だまくらかす"とは、それは、動詞ですか…?」



 あははーと彼はずっと笑顔を保ったままだ。周りにお花が飛んでいるかのような笑顔。



「そそ、動詞動詞~。だまくらかさない、だまくらかします、だまくらかす。だまくらかせば、だまくらかせ。」


「……ええと、5段活用?」


「うんうん、そそ、5段活用!中学でやったよね~。」


「はい、やりましたね。」



 帷さんの笑顔があまりにも朗らかだったから、私もつられて笑顔を見せた。




 ――――でも、これがいけなかったらしい。

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