第9話

「あ、あの。気分を害してしまったら申し訳ありません…。ただ、せっかく大きな翼があるのですから、飛べばいいと思うのです…。」


「……」


「つ、追跡係をなさっているのなら尚のこと、きっと空から追跡した方が早いと思うのです。。」


「……」



 何の反応も示さない、菊地さん。


 そして彼とは反対に後ろでは、『あ、あんた殺されるよっ』と私に小声で引き留めようとする女性がいて。



 もちろん、怖くないわけではない。



 初めて見るこの"はしびろこう"という種類の菊地さん。大きすぎるくちばしと、細く長い脚が歪さを極めているのだから。



 さっきの鳴き声でまた威嚇されるかもしれないし、もしかすれば彼女の言う通り、本当にくちばしでつつかれて殺されるのかもしれない。


 それでも、私にはもう何もないのだから。どうなってもいいと、半ば自暴自棄になっていたのだろう。



 沈黙を続ける菊地さんの目は鋭く、バイクのライトにも負けていない黄色の閃光を放っている。



 空を飛べばいいのに。



 素直に言ってしまったこの言葉を、今さら後悔することなんてなかった。



「ひぃあ"あッッ」



 そうおののいて、私からさらに後ろへと飛び退く女性。



 菊地さんが私の頭を、カプっと一口、


 噛んだのだ。



 私の頭なんて丸呑みできてしまいそうなほど大きなくちばし。



 160度ほどに開かれたくちばしの中に、私の頭と顔が入って。



 ああ、このまま、食べられるのか――――

  


 …そう思っていたのに。



 菊地さんは数秒、私の頭を甘噛みしてから、そっと離して。



 そして、こう呟いた。




「ア"ぁ~~~~」

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