第15話

「....私があんたの願い聞くの、これで2度目ね。」


「....そう、ですね。」



 1度目は背中をみたいと言って、そして2度目は『散り桜』に触れたいと言った颯。


 どちらも自分は求められていない。


 自分を抱いてくれとせがんだ時は、"決まり"のせいにして拒否した癖に......『散り桜』に触れたいと言う颯の我が儘は、惟にとって酷く無情なものだった。


 否、無情で良かったのだ。その方が潔く別れられる。



 ベッドの上に座り、颯に背を向けパジャマを脱いだ惟。


 多くの人間に観られてきた自分の背中は、今、颯一人の視線に独占されている。恥ずかしさを覚えた惟は、 観られないはずの胸を腕で覆い隠した。



「惟の背中は、いつみても綺麗ですね。」


「......背中じゃなくて、刺青でしょ?」


「......触りますね。」


「うん、早くして。。」



 そう言ってもなかなか触れてはこない颯。


 やはり仕事上の"決まり"が邪魔をし、触れることに抵抗があるのだろうか。



「......惟、俺は惟に出会ってから、ずっと惟のことばかりを考えてきました....。」


「私のことばかり、じゃなくて....『散り桜』のことばかり、でしょ?」



 惟は何かにつけて、自分が「惟」よりも『散り桜』を愛していると決めつけ言い張る。その度に颯は胸の痛みをわずらわせてきた。


 自分は惟自身をこんなにも愛しているのに────この想いが伝わらないなら、今ここで証明してみせると─────



 颯は腰に挟んでいた小刀ドスを鞘から抜くと、鞘を床に落とした。絨毯の厚みに鞘の音が掻き消され、背を向けたままの惟の姿に、颯は覚悟を決める。


 そして小刀を両手に持ち代えると、惟の背中目掛けシュッと一瞬にして切り込みを入れた───────



『散り桜』に斜めの赤い線が浮かび上がる。



 いざという時に稲沢から与えられていた仕込み刀。まさか惟への愛を証明するために使うとは誰一人夢にも思わなかっただろう。



「あ"ぁッッ.....は、はや.....て....」


 

 背中に痛みと熱さを伴わせた惟の掠れた息が、血の臭いを乗せ飛んでいく。



「惟......、俺は何よりも惟を愛してる!!

だから、どうか幸せに───自由になれ───」



 その言葉でこの痛みに颯の想いが込められているのだと知ると、惟の目からは嬉しさの涙が溢れ始めた。

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