第14話



「あれ?颯さん。こんな時間にご用ですか?」


「......ええ、彼女から直接電話で呼ばれまして。」


「そうなんですか。

───惟さんっ!颯さんが来ましたけど!」



 見張りの男が戸を叩くと、中から「遅い!」と惟が声を上げた。

 

 こんな風に突然呼ばれることももう無くなるのだろう.....。胸が張り裂けそうになる颯だが、いつもの世話役である自分を繕った。




 惟もその日、稲沢から颯の見合いの話を聞かされていた。


 一言、「おめでとう」と言うつもりで颯を部屋に呼んだ惟だったが......颯の姿を見ると、途端に自分の気持ちが上手く抑えられなくなった。



「颯っ......」


「.........」


「行かないで.....っ」


「.........」


「お願い、私の傍にずっといて....!」



 涙する顔を見せまいと両手で覆う惟。


 いつもの罵倒するような口調とは程遠い、掠れた惟の声が颯の脳を揺さぶる。


 部屋の真ん中に立ちすくむ彼女に、颯は目を瞑って涙を引かせた。



「惟......、その願いは、どちらも叶えられません。俺は、今まで育ててくれたオヤジの想いを無下に出来ない.....。」


「知ってる、分かってるから我が儘言ってんのよ!」


「惟、」



 颯は手を伸ばし、惟を抱き締めた。


 惟の我が儘は聞けずとも、自分の想いを伝えることは出来るだろうと。



「.....俺からの、最後のお願いです。

俺に、『散り桜』を触らせてくれませんか。」



 颯は惟の耳に唇を当て、甘い声で囁くようにそれを伝えた。あの時の皐の声に負けじと、自分も惟を懐柔するような声色で。



「....お願い、惟。」



 惟は鼓膜に伝わる颯の冷めた願いにぞくりと身体を強張らせ、颯に縋るようシャツを掴むとその身を支えた。



 ─────颯は何も変わらない、

今でも私ではなく『散り桜』に恋している。

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