第13話



「颯、今月でお前を惟の世話役から外す。」


「......は?」


「惟にはできる限り自分のことは自分でやって貰う。」


「.....では俺は、惟の護衛役に回るのですか?」


「いや、護衛は皐に任せる。」


「.....え?....兄貴が?」


「それと、鑑賞客の案内役もおりて貰う。」


「は?.....では、俺はどうすれば....」



  稲沢が深呼吸し、穏やかな表情を落とすと、静かに口の端を上げた。



「.....颯、お前には見合いをして貰う。」


「み、見合い?!ですか...??」


「財閥のお嬢さんだ。お前は今証券会社の社長候補に名が上がっている。」


「なっ!」


「.....これが、最後の俺の我が儘だと思って受けて欲しい。」


「.........」



 目頭を熱くする稲沢を見て、颯は言葉を失くした。稲沢の決死の我が儘なのだと悟るには十分すぎる表情だった。



 .....もしかしたら、もしかしたら、


 惟の花嫁修業は自分と結婚するためのものではないのだろうか、という可能性の欠片が砕け散る。


 自分だけカタギの世界で自由を手に入れ、惟はこの先どうなるのか────。




 稲沢の部屋を出ると皐が廊下の端で待っていた。



「.....颯、組長オヤジとの話は終わったか?」


「......はい。」


「お前は、誰よりもオヤジに大事にされている。.....どうかオヤジの我が儘を呑んでやって欲しい。」


「.....惟は、....惟はどうなるんですか...?」



 颯は唇を震わせ皐に聞いた。


 拳を握り締め眉根を寄せる颯の姿が沈黙を作ると、皐が意を決し固い口を開いた。



「.....今、俺と惟さんの事実婚の話が上がってる。」


「...........」


「颯、惟さんは俺が必ず幸せにするから......だから、安心しろ───。」



 あゝ、悪い予感ほど的中する。



 颯は思った。


 幸せになれるはずがないと───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る