第12話

颯が稲沢に連れられ、初めて吟鳴の彫る姿を目にした時、なんて残酷な世界だろうと思った。


 大の男が汗を流し、彫りの痛みに耐える姿。そしてうっすら笑みを浮かべ、一心不乱に墨を入れていく吟鳴。


 男の背中には血が滲み、しばらくするとそれは腫れに変わる。


 それが、少しずつ、少しずつ。まるで拷問であるかのような"刺青"という苦行。


 颯はこの世界では当たり前なのだろうと腹を括るが、まだ小さかった惟の背中にも刺青があると知り彼女に興味が湧いた。



初めは可哀想という安易な同情、

そして痛みに耐え抜いた尊敬と憧憬。

周りのルールに縛られ続けても弱音を吐かない健気さ。

強がる姿に駆られる庇護欲。


 それらが恋心に変わるまでそう時間はかからなかった。



 刺青という苦行に耐えてきた惟の身体を、自分の欲求一つで簡単に傷つけてはならない。


 好きだからこそ大切にしたいのに....。自分のこの想いは間違っていたのだろうか─────。





 惟は一通りの家事を覚えた。


 料理、洗濯、掃除に庭の草むしりや手入れまで。



 一生この檻で生きていくために身に付けた必要のない飯事遊び。いつかここから旅立ってしまう颯との時間を大事にしようと、惟は彼に笑顔を向け続けた。


 一生狭い檻で生きなければならない彼女のために身に付けさせた花嫁修業。この時間だけは自分のものだと、颯は平静を装い彼女に接した。



 影に気まずさを残しつつ。

 

 2人の距離は一定を保ったままで。

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