第3話

人間国宝の"吟鳴ぎんめい"とは惟の父親の源氏名。惟が16の時に病気でこの世を去った。


 惟の背中の刺青『散り桜』は、彼女が産まれてからその背中に少しずつ刺青を入れていった彫師ほりし 吟鳴の手によるもの。


 端からみれば幼児虐待ともいえるその行為は、彼にとって最高傑作を生み出す他過ぎなかった。



 惟の背中に釘付けだった色素の薄い男が手を挙げる。



「.....神堂みどう様、いかがされましたか?」



 颯が正座と姿勢を崩さず、神堂という男に顔を向けた。



「この『散り桜』という作品名の由来なのですが、娘である高良惟さん自身と何か関係性があるのでしょうか?」


「.....関係性、ですか?」



 "桜風鳴"ではなく、惟の本名を出す神堂に眉をひそめる颯。周りを囲むスーツの男たちの目も神堂に集中する。



「ええ、普通刺青といったら昇り龍や虎など相手を威嚇するものが多いじゃないですか。ですが彼女の背中には『散り桜』。これではあまりにも不憫でしょう?」


「捉え方は人それぞれかと思われます。」


「『散り桜』って名前をつけるくらいだから、将来"花散らし"でもして人生を楽しみなさいって吟鳴先生は言いたかったんじゃないかなあ。」



 神堂の言葉に苦笑する鑑賞客たち。

 

 颯が歯を食い縛り、膝に置く拳に力を込める。



 "花散らし"とは、若い男女が宴をしながら性行するという意味がある。


 つまり神堂は、惟に性的な発言をしたのだ。



 惟もその言葉の意味をよく理解していた。しかし"隠し文化財"と云われる彼女に、彼のような人間を蹴散らすなど問題ではなかった。

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