第35話

「で?この書庫は改装でもするの?」


「改築というか、綺麗に書物を並べて、皆が読むことのできる空間を作ってるんです。」


「皆?」


「はい、書庫を民にも開放しようかと考えていまして。」


「へえ、なかなか粋なことを考えたね。」


「幌天安の人々が少しでも楽しめる場を提供したいのと、知識が皆の生活に役立てるようにしたいんです!」



 あわよくばその知識で財政難を打開したいんです!と言うのはやめておいた。



 近くにいた瑞凪様の肩に手を置き、「側室候補では勿体ないんじゃない?」と冗談ぽく言う俊恵さん。


 瑞凪様が、「実は、正式に正室候補にすることを考えています」とはっきり返しているのには少しドキリとしてしまった。



 それから俊恵さんは、書庫の侍女や王都に住む女性たちをナンパし、智彗様の非難を浴びながら帰って行った。



 そして書棚やブックエンドがいくつか出来上がり、本を少しずつタイトル順に並べ始めた頃、宇汾さんの武勇伝を聞きつけた人々が、本の知識を頼りに商売を始めたいと宮廷に訪ねてきたのだ。



 反物屋を営む商人は、もっと実用性のある衣服を作りたいと言って、"洋裁"の指南書を借りに来たし、総菜屋を営みたいという料理好きの男には、瑞凪様が"食材の保存法"や"衛生"についての本を見せていた。



 智彗様が一番推していたのは、私塾しじゅく(個人塾)を開きたいという、農村部に住むお寺の住職さんだった。



 この世界にも学校はあり、それとは別に、皇族や貴族には専属の教師がつくこともある。しかし世界情勢や戦術、商売についての学習が大半を占め、その他の知識は独学で身に付けるしかないらしい。


 この国の学校は、智彗様の計らいで、物語の読解や計算問題、生物、植物についての知識も教えているとのことだ。


 しかし子供が少ないため、学校の数が少なく、農村部の子供は遠すぎて通えないのだとか。



 私塾が各地にできれば、読み書きのできる人間が格段に増える。そうなれば、"知の聖地"の利用も自然と増えるだろうと智彗様は予想しているのだ。


 住職さんには教育関係の本だけでなく、"考える力の育て方"など、教則本も貸していた。



 貸し出し期限は2週間とし、いつ、誰に、どの本を貸し出したのかわかるようにするための"貸借目録"も作り、それに書き留め、本人たちに指紋で印を押してもらった。

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