第32話

「俺が結んであげる。」

「い、いいって、」

「うなじ可愛い。」



うなじに可愛いもクソもあってたまるか。



でも私のうなじが見たくて結んでくれたの?それならそうと早く言ってくれればいいのに。



って気安く触るな盾狼ジゴロ。



「うなじから、ここ。この肩に向かうまでの間が好き。」



どんな手狭なマニアだよ。



指でうなじに線を引かれて、思わずコクリと喉が鳴る。熱くなるのを悟られないうちに、振り返って笑顔で伝えた。



「えーそうなの?鹿助君って思った以上に変態なんだあ。」


「うん。百奈見てると変態にもなる。」


「そっかあ。大迷惑だあ。」

 


周りが何度もこっちを見ては目を反らす。エレベーターホールでのキスはあっという間に浸透してしまったらしい。



「葛根湯の生薬って7つも入ってるんだね。これが葛根かっこん大棗たいそう麻黄まおう甘草かんぞうに、……なんかこれ、シナモンの臭いしない?」



鹿助君が、一つの長い生薬を手に、私の鼻元に充ててくる。うざくて手を払ってやった。


 

「……桂皮けいひね。ほぼシナモンだよそれ。正確にはニッキと同じ。」



漢方についてはかなり詳しい私。だって学会の論文で提出したテーマだったし。



「……へえ。詳しいんだね。」



今までの声色と違う気がして、ふと鹿助君の方を見やる。実験台の上に並べられた生薬を手に取り、観察する目つきがちょっと怖い。 


 

私が手を払ったから、嫌な気分になっちゃった?ふふ。

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