第29話

「じゃぁ、行こうか?」と言って、心平は麗奈から教わった店に電話を入れて18時半に予約した。翔平と孝子を店のボロ軽ワゴンに、「乗って!」と言うと、翔平は後ろのドアを開けて座ると孝子は何も言わずに助手席に座った。


ナビに店の住所を入れて向かい、途中の洋菓子店でショートケーキを10個買った。店の駐車場に停めて、扉を開けると威勢の良い声で、「いらっしゃい!」と大将が満面の笑みを浮かべて言った、店員が「こちらの席へどうぞ!」と言って、カウンターに案内してくれた。


しかし心平は、「この席は常連さんが、座りんさるのじゃろうけぇ、ワシらはこちらでええよ」とテーブルを指さして言うと、カウンターの中の大将が、「麗奈さんのご紹介ですし、お気になさらなくても大丈夫ですから」と言った。


心平は甘えさせてもらって、彼の左右に二人を座らせた。「これ、皆さんで召し上がってつかぁさい、急に予約を入れて、すまんかったの、麗奈さんから、このお店が一番うまいと教えて頂いたもんじゃけぇ」


「こんなに沢山のお土産まで頂いて申し訳ありません」と言って大将は礼を言った、


「何にする? ここは何を食べても、うまいとのことじゃ」


「メニューが多過ぎて、決められないですから、社長が決めて下さい」と翔平が言い、孝子が苦笑しながら言った。「ほらね、翔平はこういう所だと標準語なんですよ」


「姉貴は余計なこたぁ、ゆわんでええけぇ」

「大将、お任せで数品、お願いします、それと彼らにゃあ、生ビールで、うちゃ、ぬくいウーロン茶でお願いします」と言うと孝子が「うちと翔平ばかりで、いいんですか?」

「ワシはゲコじゃけぇ、そがいにアルコールは強うないし、飲めんなぁ、ワシの勝手なんじゃけぇ、こがいな所では、気にせんホウがええよ」


若い女性スタッフが生中とウーロン茶を持って来たので、心平は優しい笑みを浮かべて言った。


「ありがとうの」


心平は孝子と翔平に生中を持たせ、自分のウーロン茶のグラスを、それぞれのグラスの底部分に軽く当てて言った。


「乾杯!飲んで」


心平は枝豆を一口摘まみして訊いた。「大将、これはフレッシュじゃのぉ?」

「はい、夏の一番、美味しい時に毎年、急速冷凍をして、保存しておくんです」

「そうじゃったか、市販の冷凍物じゃない思うたけぇ、旬の味覚ってええよね?」と心平。

「はい、旬の拘りのメニューって本当に良いですよね?」と孝子も同調した。


「お話し中、済みません」と言って料理をテーブルに置き「筍の土佐煮です」と大将が言った、心平は一口食べて言った。「大将、この筍もフレッシュじゃないか?」


大将が満面の笑みを浮かべて答えた。「旬の時に筍を掘りに行って、沢山採れたので塩漬けして、冷凍していたんですよ」


心平が言う。「じゃけぇじゃのぉ、はいらいもええしうまい!」


その後、心平は孝子と翔平に言った。「塩漬けもええよね、うちゃ、砂糖が沢山あるけぇ、砂糖漬けにして冷凍しとるんじゃ」と言うと聞き耳を立てていた大将が「やはりお客さんは同業者じゃったのじゃのぉ?」言ったので心平は「まあ、でもワシは同業じゃないけど、ぬくい内に食べてつかぁさい」


その後、お造りが出された。「平目の薄造りです。お客さんにお出しするのは恥ずかしいのですが、こちらは養殖です」と大将が言った。


直ぐに心平が言う。「僭越ですが、恥ずかしい事なんて何もないよ、メニューを拝見させていただいたが、この価格帯でやられとるんじゃし、こうやって大繁盛じゃないか? こりゃ、大将の営業方針にお客様が納得して、ご来店されとるんじゃけぇ、素晴らしい事でがんす、昨今の社会情勢からして、こがいに繁盛しとる、お店は今時、ないんじゃないか?」


大将は笑顔を浮かべて、「恐縮です。これもインフルエンサーで有名な麗奈さんのお陰でもあるので」と言った。心平は二人に言った。「頂きましょう」


「もっと社長からお料理の話しをお聞きしたいです」と孝子が言った。

「何を言いよるんか、料理の事じゃったら翔平さんと孝子さんの方がワシよりも数段上じゃないか、ワシは菓子職人じゃけぇ」と言った心平。

「私は先ほどの自己紹介でも言いましたが、お店に貢献しようと思っています」と孝子が真剣な眼差しで言った。

「僕も姉貴と一緒に頑張りますから!」


大将がカウンターの中で聞いていて言った。「お二人は調理師さんなんですか?」

「はい、彼は調理師で、彼女は製菓衛生師で二人共に有名ホテル出身の腕のええ料理人でがんす」

「社長、辞めて下さい、恥ずかしいですから」と孝子。

大将が言う。「それは凄いですね、では今後ともどうぞよろしくお願い致します」

「んもぅ、社長ったら……」と言って孝子は顔を赤らめ、心平の膝に手を載せた、彼は女性にそんな事をされた事がなかったのでビクッとした。

「それにしても社長さんは落ち着きがおありで」と大将が言った。

「まだ三十歳でがんす、大将はワシが剥げとるけぇ、そう思われたのじゃないか?」と言って苦笑した心平、「いえいえ、そんな事はないですよ」と言った大将は、その後の言葉を言わなかった。心平もその後は二人と会話をしていた。


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