第8話

麗奈は息を切らしてせき込みながら言った。


「心平、さん、ありがとう、ございました!」


「余計な事をしたみたいよね?すまんのぉ、でも声も大きかったし見てられんかったけぇ」


「大学の先輩なんです」


「暴力沙汰じゃったけぇ」


「あの後にホテルに行こうって言われたけど、嫌だったので断ったら、あんな事に」


「そうじゃったんだ」


「心平さんは何をされていたのですか?」


「あっ、そうだ。今、仲間に電話するけぇ」


心平はカラオケに一緒に行った幹事の石田にケータイでハンズフリーにして言った。


「ごめん、トイレに行ったら知り合いが吐いとったけぇ介抱してタクシーで一緒に送っとるけぇ、後でカラオケ代を石田の家に持って行くけぇ」


「ええよ、ワレは中卒で店も暇じゃし金がないじゃろう?じゃけぇワシが出しとくけぇさ」


「中卒は余計じゃろ、悪いな、ありがとの」


麗奈は驚き言う。


「心平さんは中卒なのですか?」


「うん、ちょうど、中学を卒業した時に父親が体をめいどったけぇ、悪くしたので店を継がにゃあいけんかったけぇ、中学を卒業して和菓子の専門学校に通ってその後、継いだんじゃ。兄貴たちは大学生じゃったけぇさ、大学を卒業して和菓子屋はないけぇね」


「そうだったのですか」


「じゃぁ、家まで送るよ。明日から大学に行っても大丈夫なんじゃろうか?」


「あの先輩はすでに卒業しているので、大学では会いませんから」


心平は安心し優しい笑顔を見せて言う。


「そっか、そりゃ不幸中の幸いじゃのぉ」


心平はタクシーを拾い、彼女を送った、車中で、麗奈が言う。


「それにしても、心平さんは喧嘩が強いですね」


「兄が二人いて、二人とも極真空手をやっとるんじゃ、ワシャ、喧嘩みたいじゃけぇやりとうなかったけど、兄たちに虐められた時に防御方法を学んどったけぇ、あの彼のような喧嘩の素人ぐらいじゃったら倒すなぁ朝飯前じゃけぇさ、兄貴たちは当時、全日本の選手じゃし、オリンピック強化選手じゃけぇさ」と、言って心平は舌を出して笑った、家の前に着くと、彼女はタクシーから降りて、すぐに心平に頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました、それと先日に私、生意気な事を言ってしまったこともお詫びします、本当にごめんなさい」


「失礼なことって?」と、心平は怪訝そうに訊いた。


「はい。それは…」と、言い難そうに言った後に、話し始める麗奈。


「『和菓子店なのにかき氷までやっていてお客さんを呼ぼうとしている涙ぐましい努力は買いますけど、和菓子店は和菓子を売っていればいいんじゃないですかね?それとその広島弁を何とかした方がいいですよ』って言ったことです」


「あぁ、あれね、かき氷は祖父が開発した氷削り器があるけぇ、純氷を使って柔らかい優しい氷ができるけぇ、お客さんに食べさせたくてさ。そして、ワシャこの言葉しか話せんし、標準語は知らんけぇ、直しようがないけぇさ」と、心平は明るく言う、続けて、


「気にしんさんな、おやすみなさい」


「ありがとうございます、おやすみなさい」と、麗奈が言い、タクシーのテールランプが見えなくなるまで深々と頭を下げていた。

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