第9話
帰宅した麗奈は、祖母に今日あったことを素直に話した。祖母は目を細めて、麗奈の話を聞き静かに話し出した。
「うん、心平はウチが一番、可愛がっとる子じゃけぇ、あそこにゃあ、心平の上に二人の兄がおるけど、一人は東京で、もう一人はアメリカの確かシカゴにおると思う、頭は二人とも良うて、長男は東大卒で、次男は京大卒じゃったけど、心平が一番、素直でええ子じゃし、あの子は兄たちが優秀じゃったけぇ、自分から中学で辞めてお父さんの跡を継いだんじゃ、じゃけぇ不憫でねぇ」
麗奈が言う。
「そうだったのね、私、心平さんに悪いことを言って今日、謝ったら気にしないでって言われたの」
祖母が言う。
「心平は、そがいな子じゃ、さっぱりしたええ男じゃけぇ、麗奈も気にせんことじゃ」
「うん、そうする」と、そう言うと麗奈は自分の部屋に行き、SNSに今日のことを書き込み、そして心平のことを検索すると一つも出てこなく、出てきたことは彼の店の情報だけだった。それもあまり良い情報ではなく、目の前の獅子屋の情報の方がはるかに多かった。
麗奈は運動神経も学力も抜群の成績で、芸術的な才能があり広島大学の三年生だ、SNSやユーチューバーとしての人気もあるが、思ったことをハッキリと言ってしまうクールな一面を持ち自己中な性格でもあったことで男女ともに友人は少なかった。
ただ彼女は多才な才能を持っていてフォロワーが100万人以上もいるインフルエンサーでもあった。両親は離婚し、父に引き取られたがその父は大手商社に勤務していて今、中国支社に支社長として赴任していた。
彼女は世の中に嫌気がさしていたが、心平の誠実で優しく一本気なところに惹かれていて、彼のために自分が何かできないかと思うようになっていた。
※
翌朝、昨夜の麗奈が元気良く和菓子店「桔平」の扉を開けた。
「社長、おはようございます!」
その時間も朝の六時だった。
「麗奈さん、どしたん? こがいに早う? それにワシのことを社長と?」と、心平は心配して言った。
「まだ、夏休みなので、お店のアルバイトに来ました!」
「いや、ワシの店はアルバイトを雇えるような店じゃないけぇ、お気持ちだけありがとの」
麗奈は明るく言う。
「お金を貰おうなんて思っていないですから、社長はお気になさらないでください!」
「いや、そうはいかんのじゃよ。働かしとって、ただ働きをさせたら、ワシャ、犯罪者になってしまうけぇ、つまらんのじゃ、じゃけぇ、麗奈さんのお気持ちだけありがとう受け取るけぇ、帰ってつかぁさい!」
ここまで心平に言われてしまったら、麗奈は帰るしかなかった。
「社長、それでは素直に帰りますけど、心平饅頭を十個、売ってください」
麗奈は心平のために、何をしてあげたら良いかを考え、心平まんじゅうを前にして家で作戦を練ることにした。
「ありがとの。心平饅頭の初めてのお客様でワシャ、げに嬉しい」と、心平はそう言い、10個を並べて包装紙で包み、1個をサービスとして包みの上にのせて言う。
「七百円でがんす」
「一個、70円ですか?それに1個、おまけまで付いて?消費税は?」
「内税でがんす、お恥ずかしいんじゃが、麗奈さんにゃあ、正直に言うと、一千万円以下の売上の店では消費税はいただかんでええけぇ、それに、ワシの師匠の日光の和田菓子店さんの武平まんじゅうは一個75円じゃったんじゃ、師匠よりも高うしたら弟子の分際で生意気じゃないかと思ったけぇ。じゃけぇ、それに師匠のお店でも10個買うと1個がサービスじゃったけぇのぉ」
「社長、今年中に売上を一千万円以上にしましょうよ! 私を信じて今から仕込みをして下さい、今日は100個、明日は200個、明後日は300個、その後は400個、そしてまたその後の日は500個を仕込んでくださいね。そして10個一包みで1個おまけを作っておいてください、その次の日はお店がお休みですものね?お休みの日に私がもう一度来ますから。毎日、完売させますから、そしてその時は私をアルバイトに使ってもらえるようにしますから」と、麗奈は自信たっぷりに言った。
「麗奈さん、そりゃ、どがいな事か?」と、心平は訊いたが、麗奈は不敵な笑みを浮かべるだけだった、心平は半信半疑だったがすぐに100個の仕込みをして冷めてから、ラップに包み、10個をひと包みにして1個のおまけ分も作った。
麗奈は店の内外装の動画をスマホで撮り、店主の心平の顔も撮って帰った。
そして帰宅してから心平饅頭の撮影に入り10個で、700円で1個がおまけの動画を撮り、その後、麗奈が11個連続して食べている姿も撮って、すぐにユーチューブにアップした。
今日は10包みが完売、明日は20包みが完売、明後日は30包みが完売、そしてその後日は40包みが完売、そしてまたその後日は50包みが完売と記載した。
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