第2話

 三月のひな祭りには雛あられやちらし寿司を食し、五月の節句には、子供たちが新聞紙で作った兜をかぶって遊び、桔平が心を込めて拵えた柏餅を鉄平がご贔屓客に届けて行った。


 お重の蓋を取ると緑の柏の葉に優しく包まれた餅が隙間なく詰められ、朱塗りの漆箱に美しく映えた。六月は高台付きの陶器にあずきをギッシリとのせた水無月を近所の神社に供えて厄払いをした。そして六月を指す日本の古い呼び名で水無月の「無」は「の」にあたる意味を持ち、文字通り「水の月」を意味する。この時期は梅雨が明け、田んぼに水を引き入れる季節でもあることから「水の月」とされた。


 また、「水無月」は和菓子の名前としても知られており、六月三十日の「夏越しの祓」で食べる習慣が根付いている。この和菓子は、三角形のういろう生地に小豆をのせたもので暑気払いと無病息災を願って食べられている。


 夏にはキョウチクトウが店の生垣に暑さにも負けずに、強く、美しく咲き乱れる。原爆後の広島で一番早くに花を咲かせたため平和の象徴にもなっている。その花は赤、白、ピンク、黄色などがあり、一重咲き、八重咲きの花を星のように沢山咲かせ、花期も長く、夏の間中咲き続ける。


 その横を通った客たちは、水羊羹や蕨餅わらびもちが店頭に並んでいた姿を涼しげに見詰める。


 秋には収穫し立ての自家産の小豆を炊いて家族全員とお世話になっているご近所さんにお汁粉を拵えて配った。


 十五夜になれば、まん丸の月見団子を買い求める人々で店は大賑わいだった。


 そして、桔平が「絶品」と自信を持つのが、「つぶあん」を絡めた団子だ。ツヤツヤと光る「つぶあん」をたっぷりと纏まとい、丸くぽってりした四つの餅が竹串に刺され極上の輝きを放っていた。


 後に妻となるイシは、団子に誇りを持つ桔平に心を動かされて結婚する。ところがそんな幸せな日々は長くは続かなかった。夫の桔平と妻のイシの日常は原爆投下によって一変し、街は焦土と化してしまった。


 妻も何もかも、形あるものを全て失った桔平が、一人で立ち上がる支えとなったのは、「つぶあん」と「一人息子の鉄平」だけだった。


「旨うなれ!」と一心に、おまじないを唱えながら、赤子の鉄平を背負いながら団子を作る桔平の姿は広島の街を行き交う人たちが涙なくして語ることができなかった。


 そして息子の鉄平もまた、父から受け継いだ「つぶあん」を生きる糧としてゆくことになる。さらに、この「つぶあん」に守られ成長させてもらった三代目の心平も、この「つぶあん」を通じ大切な人たちとの縁を結び、人生を切り拓いてゆくことになる。


 家族が育んできた味をひたむきに守り、食べる人の笑顔を思い浮かべながら心を込めて「あずき」を炊く。そこには、原爆で何もかも失った広島の庶民の誠実な生き方が凝縮されているように思える。


「旨うなれ!」という言葉は、他者の幸せへの祈りでもあった。その願いが純粋であり誠実であるがゆえに、自らの生きる支えとなり次の世代へとその確固たる意思は確実に継承されてゆくのだ。「あずき」に込められた人々の想いに深い感動を覚える。


  ※


 そして父から子へ。


 心平も知っておくべき、老舗「和菓子店 桔平」が大切にしていることとは、銅鍋で大切に煮た「あずき」が「つぶあん」に変わる。究極にシンプルだが、「これさえあれば幸せだ」という人も地元にはまだまだ多くのファンがいた。


 昔ながらの直火釜を使って祖父、息子、孫と三代にわたって、その秘伝を守り、炊き上げている。その美味しさの秘密は、産地と、昔ながらの手仕事にあった。

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