広島の街が一望できる禊萩が咲く丘

@k-shirakawa

第1話

 広島の三世代の男たちが織りなすドラマであり、第二次世界大戦の足音とともに青春時代を送った祖父の桔平、息子の鉄平、そして孫の心平が、異なる時代を生きた三世代を繋ぐ重要なキーワードが和菓子であり、秘伝の味の「つぶあん」だった。この物語は「つぶあん」を炊くシーンは欠かせない。


 そんな厨房の朝に「あずき」を銅鍋で炊きながら唱える、呪文おまじないは、創業者である祖父から父へと受け継がれてきたものだ。


「あずきの声を聴け!」 

「時計に頼るな!」

「目を離しんさんな!」

「感を鍛えろ!」 

「食べる人の幸せそうな顏を思い浮かべろ!」 

「旨うなれ! 旨うなれ! と心で願え!」 

「その気持ちがあずきに乗り移るんじゃ!」

「美味い、つぶあんが出来上がるんじゃ!」と、


 祖父の声が厨房で言霊となって息子の鉄平、そして孫の心平の心の中に響いていた。


 そこは心平が生まれ育った和菓子店、桔平の厨房だ。大きな鍋に白い湯気が立ち上り、あずきが泡立ち煮えていた。木ベラで鍋底から豆を返すと鍋肌に豆が当たりバチバチと音を立てる。


 窓の外では早朝三時の時点で、すでに烏のカーカーと鳴く声が響き、白衣と帽子に身を包み前掛けをきっちりと腰に巻き付けた息子の鉄平と孫の心平の二人が調理台を囲む。


 あずきがグツグツ煮える銅鍋をじっと見詰める親子の眼は真剣そのものであり、厨房ののれんの向こう側にもあずきの甘い香りが広がり、心平はその音を聴き、匂いを嗅いで育った。


 呪文おまじないの言葉は体に刻み込まれ、「つぶあん」を食べる人の幸せに思いを馳せながら日々仲良く暮らしている親子だった。


 蒸し上がった餅米を臼に入れてペッタンペッタンと杵でつくと地響きがして時折、近所からクレームが来ていた。


 親子の手で餅を団子にして四個ずつ串に刺し「つぶあん」を纏わせて木箱に並べられていく。


  ※


 桔平が現役の時代は昭和初期の街の風景とインスタント物のなかった時代の和菓子店の日常の手仕事の風景が美しく、季節とともに手作りのお菓子があり、それを大切に味わう広島の街の人々の生活が豊かな時代だった。

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