第2話 傭兵ト奴隷商人

「では、まずは我々への認識について改めて頂くことから始めさせて頂きましょう」


傭兵組合の制服を規定通りに着こなした若い女性の職員は、別室に移動し席へ着くなりそう告げた。

奴隷商人の商会であるバッハマン商会の長、その長男であるゼーンズは漸く成人となる十二歳となり、一つの業務の責任者を任された。

いずれは商会の長を継ぐ事になるゼーンズは、父から十二分に教育を受けて育った。

十二年の人生の大半を、それに費やしたと言って、誰にも過言と言わせない半生を過ごしてきた。その中で、僅かな娯楽となったのは物語の本であった。

商会として何代も前から大成しているバッハマン商会の長は、中流程度の貴族以上の財力を持っていた。ゼーンズの父の、その財を存分に発揮した趣味の一つが、高価な書物を集める事である。書物は高価である上、識字の学かあるアピールにもなる。社会において自身、ないし自社の能力を外界にアピール出来る要素は多くて困ることは無い。

そんな書庫に忍び込み、小説を楽しむのがゼーンズの数少ない娯楽の一つであった。

そんなゼーンズは商隊を率いて商品である奴隷を遠方へ貸与、回収、販売の業務の一部を担う事なった。

その業務を熟す上で、移動時の護衛を雇うために傭兵組合へ顔を出すことになった。

ゼーンズにとって、憧れの傭兵組合であった。

物語に登場する傭兵たちの活躍を、何度も何度も脳内でイメージした。圧倒的力で御伽噺や神話の時代から生きた魔物を、弱き民達のために討伐する勇姿。貴族法に、権力に、護られた悪逆非道な貴族を武力と正義感を頼りに正す。勧善懲悪の物語。それに強い憧憬を抱いたのである。

武装した戦闘員となる奴隷二人の護衛と、父親と共に教育やそれ以外の家の雑事を管理する、高齢の執事長を連れて傭兵組合の門を叩いた。

興奮のあまり、不躾に視線を彷徨わせた事は自覚していた。ゼーンズは自分の後ろから執事長から溜め息が漏れたのを聞き逃さなかった。

しかし、ここで一つゼーンズは失望を得ることとなってしまう。

組合に入ってから集まる自身への視線。そこには確かに媚びを売るような視線、金蔓を見る視線を感じとった。ゼーンズの身に纏う商会の制服は、彼ら傭兵から見て同業者が身に纏うには綺麗に過ぎる上、命を護る装備としては弱すぎる。同業者でない以上、ゼーンズらは依頼を持ち込む側の人間であり、傭兵達からすれば客である。それも身なりの良さから太客に該当するだろう。万が一でも依頼を受けることが出来、以来達成後、覚えが良ければ今後指名される事も期待できるとなれば、自然とゼーンズらに視線は集まってしまうものだ。

あまりにも下卑に過ぎる様に、高貴な英雄への憧れを抱いていたゼーンズにはショックだった。

視線を受付で業務を熟す女性に固定し、足早に受付へ急いだ。

受付へ辿り着くと、女性はゼーンズへ向き合うと無機質な声色で定型文を唱えた。


「傭兵組合へようこそいらっしゃいませ。本日のご用件は御依頼でお待ちがありませんか」


「はい、首都のベルンまで往復する間の護衛を幾人か雇いたく思います」


そこまで言うと、受付嬢はゼーンズの後ろで待機する奴隷を一瞥した。


「バッハマン商会のお客様ですね。いつもご贔屓頂きありがとうございます。正確な依頼の報酬やその他の費用、日程等について詰めたいと思いますので、別室へご案内させて頂きたく思います。よろしいでしょうか?」


「お願いします」


にこやかにゼーンズは答え、受付のカウンターから出た受付嬢の後へ続こうとする。

が、歩き出す前に受付嬢はこちらへ振り返って言った。


「それから、一つ。執事長以外の方は初めてお見受け致しますのでご忠告を。組合内では先に武器を抜く事だけはご法度でございます。例え、何があっても、必ず、先に武器を抜かない事、努努お忘れなきようお願い申し上げます」


淡々と告げる受付嬢。その立ち姿はなんてことはない。制服を規定の通りに着こなした華奢な若い女性である筈だが、何故か気圧されたゼーンズ一行は執事長を除き、背筋に冷たい何かが走るのだった。




「まず、本日受付を担当させていただきます。プリンと申します。以後お見知り置き頂ければ幸いです」


「ご丁寧に。ご存知かと思われますが、バッハマン商会のゼーンズと申します。よろしくお願いします」


父親の名は出さなかった。それは彼なりの自尊心と誇りから来ていた。父の名を盾に仕事をするつもりはない。という意思であった。のだが、執事長を連れている時点で察する者が殆どである。むしろ微笑ましく感じるだろう。


「さて、ゼーンズ様は我々にどうやら憧憬を抱いて居られる様子が見られます」


ゼーンズは恥じ入るよりも、驚愕の感情が勝っていた。業務に集中しているように見えた受付嬢だが、周囲の状況を把握していたわけである。


「…恥ずかしながら、小説の英雄譚を幾つか読んでおりまして」


成程、と受付嬢は一つ頷くと口を開いた。


「では、そこから正していくとしましょう。そもそも、我々になる条件をご存知でしょうか」


「我々、と言いますと職員、では無いのでしょうね。傭兵になるには、という事で?」


「然様でございます」


「それはやはり、身体能力の適性などを試験して…?」


言い淀むゼーンズへ、受付嬢はきっぱりと言い放つ。


「そのような物、何もございません。何も、でございます。傭兵になる為の条件はたったの三つでございます」


と受付嬢は華奢に見える容姿にしては無骨に見える指を三本立てた。


「一つ、成人であること。尚、自己申告であり精査致しません。赤子のような明らかに未成年出ない限りこちらからは言及致しません」


そう言って、指を一つ折る。


「一つ、組合のある都市に入る事。これは貨幣を扱うという文化を知っている事を組合は求めています。最も、それを試験することもなければ、都市に入る方法が合法か非合法かも調査いたしません」


また一つ、指が折れていく。


「最後に貴族籍のお方は組合に所属できません。これだけは貴族録を元に精査致しますが、登録時の名前が本名か偽名かを調査致しません」


「で、ですがそれでは、未成年の浮浪児や、他所で犯罪を犯して逃げ延びた者、難民でも組合は受け入れる、と?」


信じられないと、言いたげにゼーンズは受付嬢へ問いかけた。まるで否定する事を懇願しているような声色で。

しかし、受付嬢は無情にも首を縦に振る。


「詰まるところ、我々はあらゆる理由はあれど、国の、社会の落伍者なのでございます。あなた方のような真っ当に職を熟す一自由市民からのはみ出し物でございます。そして傭兵の仕事は、そんな輩が皆、生き残れる程、甘くもないものです。日に貴種の方々が使うとされる湯水の如く傭兵は死んでいきます。死体に湧く蛆虫の如く、湧いて出てもらわねば困るのも組合の現状です。故に組合は、自由市民権と稼ぎ口を求めるだけの社会不適合者にも両手を広げているのです」


傭兵の憧憬は、ゼーンズの中にはもう残っていなかった。





傭兵組合から依頼を熟す人材が集まった、と組合の連絡員が商会を訪れたのは数日後の事だった。

馬車に積み込む荷は、移動時に必須の衣、食と商品の奴隷達である。御者は馬を扱う技術を修めた奴隷を使う。

準備を整え、雇った傭兵達と合流した。興奮も期待も抱くことはなかった。

結局、傭兵というのは客商売であるのだな、とゼーンズは落胆を隠しきれない。

組合へ提出される依頼を熟すのが傭兵だ。組合は依頼を貼り出す費用と報酬の一部が組合の利益である。また、組合は依頼に対して、職務内容と報酬が相場に過不足なく適正であるか精査し、依頼人と調停を行う役目もある。

傭兵の仕事には、依頼人が提出した依頼、人類へ害を成す害獣や犯罪集団の排除が主の常駐依頼。傭兵は参加を拒否できない緊急依頼。依頼人が特定の傭兵を名指しで指名する指名依頼がある。

特定の傭兵への指名依頼は不特定多数の傭兵に頼む依頼よりも報酬を高額に設定しなければならない。報酬が高くなれば組合への還元も増えるので、指名される傭兵は組合から評価され、贔屓され、傭兵としての成功と言える。

傭兵の皆は指名依頼、所謂パトロンのような存在を得ようと必死なのだ。

それ故に、なのだろう。自身の依頼へ集まった傭兵達を一瞥し、ゼーンズは一つ納得するに至る。

彼らは必死なのだ、依頼人から覚え良くなろうと。掃いて捨てる程に居るのだ、傭兵は。消耗されるものの、補充もされるのだ。故に彼らは特別を演出するのに頭を使った結果、アレに至ったのだろう。

見た目が派手なのだ。数多に埋もれる雑多な傭兵の一人になりたくないのだろう。

例えば武器が他人とは違う。恐らく、市民に貴方の知っている武器は、と問いかければ最も多く答えられるであろう武器、剣は避けられる傾向にあるようだ。

例えば防具が他人とは違う。傭兵の業務は依頼よっては命懸けである。命を護る防具を揃える為の金を惜しむ者はいない。

そして、防具には命を護る役目以外の役目もある。それは装い。ファッションとしての役割だ。指名依頼をかけて貰う為、依頼の達成は勿論だが、依頼人への好感度も重要だ。襤褸を見に纏い、不衛生な格好の傭兵よりも身綺麗な方が良い印象を与える事は言うまでもない。

とはいえ、アレはやり過ぎだ。

自身の依頼に集った傭兵達を見渡した。特に強烈な印象を抱く傭兵は居ないように、思えた。だが、その中にアレは居た。明らかに浮いてる特異な存在。

あまりに強烈、かつ知識にない装備が故に。移動中つい話しかけてしまった程だった。

少ない露出した肌の色はごく普通。髪は腰に届く程の銀髪で、それを後頭部辺りで一つに結んでいるポニーテール。髪質は手入れをしている様で絹のように滑らかだ。体躯も女性の傭兵の中では優れている方、なのだろう。女性の傭兵達より僅かに身長が高い。が、男性と比べると頭一つ分以上低くなる。そこまでは普通である。髪の手入れをしている、肌が白いのは貴種、又はかなり裕福な生活をしている証左だが、上位の傭兵であれば貴族以上の財力を持つこともあると聞く。

問題はその装いである。ゼーンズに彼女の装いに関する知識は無く、素直に聞くことにした。奇抜な見た目に反し、聞けばすんなりと胸襟を開いて話をしてくれた。

まず、仮面をしている。泣いているような、怒っているような表情をした人の顔、額からは何故か角が生えている仮面。これは東方の小さい島国では般若の面と言うらしい。

次に、服装。これもまたその島国の民族衣装で、男性用の和服と言うらしい。着物という民族衣装の上から羽織。下に履いた物は袴と聞いた。

さらには武器。この国、特に傭兵が武器を振るう機会は多いと聞く。振るう相手は犯罪者やその集団相手。それと魔物や害獣である。この中でも魔物が特に厄介らしい。場合によっては鋼鉄より硬い相手に武器を振るうこともあり、武器は切れ味や殺傷力よりも頑丈さに重きを置いている。

が、彼女の持つ武器はそれからかけ離れているように見えた。何せ、薄い。片刃で、斬ることに特化した反りも入っている。

抜いて見せて貰ったが、刃に現れる波紋なのか、その造形からか。気品さを感じ、武器と言うよりも美術品を思わせた。儀礼用の宝石を散りばめた剣とも違う、上品さを備えた武器であった。こちも同じく東方の小さな島国特有の武装らしく、打刀と脇差という二本の寸法の異なる刀を腰に二本差していた。

異質も異質、異端の中でさらに異端。

傭兵の中には依頼の内容によって、より適切な武装に変える者が多いと聞く。今回の護衛依頼は当然ながら、魔物や犯罪集団を相手とした戦闘を想定している。にも関わらず、彼女は命を護る防具の類を一切装備していない。言わば、アレは服だ。お洒落の類。戦場を歩くための装備ではない。まるで死ぬために依頼を受けたと言われても納得してしまう装いだった。


「果たして、アレで大事にならないのだろうか」


思わず零れた独り言。商品ではなく、人員の輸送用の馬車の中で漏れ出た独り言に反応する者がいた。有事の際に後方支援を担当し、移動中は体力、気力の温存に務める為に依頼人と馬車に同乗する事になった、杖を持った若い女性の傭兵だ。


「あぁ、もしかしてソレ、銀仮面卿の事?」


「銀仮面卿?」


ゼーンズはオウムのように聞き返した。


「そ。銀仮面卿。二つ名持ちなの。アタシら、牙の掟も何度か銀仮面卿と仕事した事あるけど、荒事で手傷を負ったところ見た事ないし、平気でしょ」


ゼーンズの読んだ小説で傭兵の主人公は皆、二つ名を持つ、ないし物語の最中で名付けられるのが殆どであった。


「実際にあるんですね。二つ名を付けるっていう文化。アレはどのような意味合いがあるのですか?」


「そりゃあ…色々。例えばアタシらが使うのはやっぱり尊敬とか、憧れ。ほら、あの人みたいに頑張ろ〜とか。あの人みたいに強くなろ〜とか。あとは心の拠り所にもなったりするね」


「心の拠り所…?あなた方傭兵には無縁に思えますが」


「そうでもないの。聞いたことない?魔物の集団パニック。スタンピードって言われる現象」


聞いた事があった。文献でも読んだこともあれば、小説にも似た現象が描写されていた覚えもある。本来ならば縄張りを持つ魔物が、様々な理由から縄張りも種族も超えて集団で移動し、移動先で殺戮の限りを尽くす。


「スタンピードは何処で、何時起きるのか分からないし、前兆なんで存在しない。都市部に居ても、魔物の軍団と呼べる規模に襲われることもある。そうなれば傭兵も兵隊も関係なく、下手すれば市民すら、魔物との戦争に駆り出される」


「成程。そんな中、都市に二つ名持ちの傭兵が居ると心強い、という事ですね」


「そゆこと〜。敵、犯罪集団の連中からは付けられる二つ名は恐怖の対象だったり、警告だったりするかな。特徴と名前が一致したら、すぐ逃げろ〜って」


「広まるものですか。そう言った連中に」


「広まるよ。アタシらだって同業者と横の繋がりあるし、商人にもあるんじゃない?そういうの。アイツらにもあるみたいよ」


小説で読んだ憧れが全て否定される事なく、一部は事実に基いたものもある事を知り、何処か救われた気持ちがした。


「しかし、銀仮面、卿ですか。確か貴族位を有する方への敬称だったと記憶してますが、傭兵は貴族籍を持つ者は組合に所属出来なかったはずでは?」


「あはっ。それね。組合で衛兵に詰められた事があるらしいよ。勿論、銀仮面卿は貴族なんかじゃないわ」


若い傭兵の女性は実に愉しそうに語った。

何でも、彼女は学のない筈の傭兵でありながら、依頼人に対して礼儀と気品を兼ね揃えた態度を崩さないとか。同業者の傭兵に対しても礼を失することをしないらしい。更に、殊更女性の依頼人や同業者に妙に優しく、紳士的な振る舞いが目立つ。服装こそ特異が過ぎるが、その服も、髪も肌も爪も、とにかく手入れが行き届いて清潔感もある。気品もある。女性で有りながら、宛ら異国の王子様みたい、自分がお姫様になった気分を味わえる、と女性の依頼者から異常なほど人気を博している。

それ故に、銀色の髪に不気味な仮面、貴族的な振る舞いから銀仮面卿と二つ名を得るに至ったそうだ。

最も、貴族を騙る傭兵がいると衛兵から誤解を受けて何度も弁明する羽目になったらしい。


「それにしても、アンタは大分組合から目をかけられてるみたいだね」


「と、言いますと?」


「アタシら牙の掟とそこに座ってる生命第一の連中。それに銀仮面卿でしょ。首都ベルンまで行って帰るのに過剰武力だよ」


我が強い者が多い傭兵達だが、驚くことに多くの傭兵は集団で行動する。

過去、組合が創立して間もない過去の話だ。我の強い傭兵達は集団で規定や規則に縛られることを極度に嫌っていた。それでも持ち込まれる依頼の仕事内容は多岐にわたる。当然一人の傭兵を雇う仕事もあれば、多人数を雇う場合もあった。一つの依頼に様々な能力を求められることもあり、責任や仕事の重さも様々だった結果。複数人で行われる依頼の報酬が等分される事に不満が出てトラブルが怒ることも稀ではなかった。組合を交えて調停するのも限界があり、死者が出るほどのトラブルすらあった。

それでも、人間種と言うのは脳が足りてないとされる傭兵連中ですら適応していくものであった。何度か仕事で組む内に、得手不得手を理解し適材適所に仕事を熟すことが出来るようになる。報酬のトラブルも数が重なればお互いに妥協点を探しやすくもなっていった。トラブルなんて、ないならない方が良い。自然と傭兵達は集団を形成する様になっていった。傭兵達の集団を形成する様が、他国で傭兵にあたる職の別の呼び名、冒険者を主人公とする小説でパーティーと呼ばれている事に習って同じ呼び名を使うことにした。

組合も集団を組んだ傭兵達の仕事が効率化され、死傷率も下がっている事に着目し、推奨するようになっていった。


「という事でよろしいですか」


「そそ。それとパーティーに名前を付けたりもするよ。アタシらの牙の掟とか、そっちの生命第一とか」


「武力過剰と言うのは?」


「ベルンまでの比較的安全な道中なら、私達生命第一や牙の掟、ましてや二つ名持ちの銀仮面卿までそろえる必要は無いですね」


「ねー。牙の掟か生命第一の一組いれば、あとは新人君パーティーとかでも大丈夫だったろうに」


少し考えたゼーンズは口を開く。


「それはつまり、組合は牙の掟や生命第一の方々、二つ名持ちの銀仮面卿へ渡りを付けるよう気遣いを頂いた、という事でしょうか」


「あったり〜。アタシら牙の掟にも二人、二つ名持ちだよ」


「私達、生命第一のリーダーも二つ名持ちの傭兵です。組合から今後ともご贔屓に、というメッセージでしょうね」


組合の思わぬ強かさに、ゼーンズは舌を巻いた。




首都ベルンへ到達するまでに一人の貴族の領地を跨ぐ事になっている。

今回通るルートは幸いにも、都市と都市を結び、安全に商人や旅人、傭兵が移動出来るように整備された道。公道と呼ばれる道を通る。

多少、丘陵はあるものの、視界が広い。野党や魔物が待ち伏せ出来るような場所は殆どなく、人が近づくには余裕を持って気づくことが可能な安全なルートであった。

特にトラブルが無かった甲斐あって、一日目の宿泊予定地であるキンダー男爵領に入り、直轄地の都市へ辿り着いた。


「さて、余裕を持って到着出来ました。宿を人数分取ったあとは自由行動と致しましょうか」


臨時に与えられた休息に若い傭兵達は歓喜の声を上げる中、銀仮面卿がよその方を向いたのが気にかかった。

奴隷らは商品である。が、その管理全般は貸与、販売するまでは商人の責任で行われる業務の一環である。

宿を摂る間、荷車の中に詰めておくなんて事は当然しない。傭兵たちに認めた自由行動とはいかないが、宿の部屋を与えれば奴隷達は各々休み始めた。


「気になりますか、仮面の傭兵様が」


馬術を習わせてある御者をしていた奴隷の一人が聞いてきた。他の業務中であれば、主である商会の人間が話しかける前に、奴隷から話しかけるのは叱責だが、休息という業務中は商会内であれば許可している。


「そうだね。彼女が見ていた先にあったのは…」


「キンダー男爵の屋敷、でございましたね」


「そう、そしてそこへ入る商隊達だった」


妙なことは、何もない。

貴族と商談することは奴隷商人であるバッハマン商会にも何度もあった。

そして、貴族が直接商会を訪れる事はまず有り得ない。まず遣いの者が商会へ現れ、こちらから先触れを出し、商会側から伺う事になる。


「気を揉むようでしたら、直接訊ねてみてはいかがでしょう」


御者の奴隷は別の奴隷へ視線を投げた。視線を受けた奴隷は一度頷くと目を閉じた。視覚を封じて他の五感を研ぎ澄ますつもりらしい。


「目的の傭兵様は未だ部屋に居られます。あまり遅い時間になる前に訊ねられた方がよろしいかと。夜分遅くに女性の部屋を訪れるのはマナーが宜しくありません」


一度逡巡するも、意を決したゼーンズは部屋を後にした。


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奴隷少女と傭兵ノ @otogikusako

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