過去

 ──走馬灯なのかあの日の事を思い出す。

 七年前、この学園島「アリフロス」へ来る前の事だ。

 当時俺が九歳の頃、有名な無差別殺人犯が世間を騒がしていた。

 

 その殺人犯は複数人で行動していて、全員が元プロボクサーだったり、軍人出身だったりと強かった。奴等は、俺達みたいな弱い人間を狙うクズども。


 奴等の魔の手は俺達の所まで来て、抵抗虚しく、母が目の前で惨殺された。

 子供ながらにして、大人に逆らえない恐怖を味わった。そして、自分の無力さも。


 呪ったさ──自分を、奴等を。

「おかしくなるほど過度なストレス」が俺を襲った。

 もう狂うしかなかった……そしてしまった。最強最悪のに。

 奴等は三人の大人、対して俺は一人の子供。普通なら勝てるわけがない。

 でも、分かったんだ──殺せるって。

 憎しみと憎悪が、俺をへ変えた。そこからはあまり覚えていないけど、殺戮ショーだったと思う……

 

 当時、奴等以上に注目を浴びていた新人類EpicHUMANの存在と学園島「アリフロス」──俺はその仲間入りをしてしまった。



 ここは……何処だ?


 ゆっくりと光を取り戻し、気がつくと知らない天井を見上げていた。

 

 確か──バケモノに襲われて、そしてなってしまった。あのモード、「魔龍」に。

 致命傷のレベルの怪我を負ったとき、誰これ構わず殺してしまう死の悪魔みたいな存在。

 俺の名前、龍人からもじって「魔龍」だ。


 勝手にそう呼ばせて貰っているが、詳しいことについては学園に来る前、医者から聞いた。

 致死量の血を流したり、過度なストレスや大きな感情の起伏があると、異常ノルアドレナリンが過剰分泌されて、中枢神経や小脳、大脳基底核といった運動の活動を劇的に亢進させる。

 その結果、パワー・スピードはもちろん、論理的思考能力や判断力、ひいては反射神経や動体視力までもが、飛躍的に向上する。

 

 一言で言ってしまえば、瀕死になったら、一時的に最強無敵の無差別殺人犯になれるのだ。

 今はもう元に戻ったものの……ノア、すなわち人の前で、「魔龍」になってしまったことに俺は激しく気持ちが沈んでいた。

 人に絶対に知られてはイケナイ。バレたら、なにされるか考えもつかないし、この特異体質を知られれば、俺の学園での居場所はきっと無くなってしまう。

 ……後悔はない。

 自分で選択した道だ、文句を言うのは筋違いだろう。

 人は窮地に立たされた時、実力以上の力を発揮するという。で、俺はソレが異常も異常の特異体質として発現した。

 体質のせいか……「魔龍」のモードになると、恐ろしいなんてものじゃないほど、人が変わる。


 (今回で三回目か……)

 

 今日は普段から「魔龍」の対策を考えていて、それが上手く成功したから良いが、まだ欠点だらけ。

 そもそも一人だったら、「人肌」を触れなず、殺戮マシーンになって全て終わりだ。

 

 (ダメージを負わなければいいが、そう簡単にはいかないよな……通常の俺は対して強くないし)


 欠点を無くして、克服するにはどうしたら良いのか、特異体質になった科学的な原因はなんなのか、未だに良く分かっていない。

 しかし、なんでかさっきから痛みを感じない……それどころかなんかスッキリしてる。


 自身の体を確認してみると、綺麗さっぱり傷がなくなっている。それどころか、気分が良い。致命傷を負った後とは思えないほど、体は身軽だった。

  

 ──おかしいな、痛みも無いし、全回復してる。


 ……というか! ノアは何処に?

 

 呆けていて気づかなかったが、辺りを見渡したら、今の現在地と皆の大体の居場所が予想できた。


 今いるベットの窓から見える景色には、戦闘科アサシン専用の訓練校庭場アップデータが広がっていた。

 

 (まさか……保険室か)

 

 訓練校庭場と保険室は繋がっていて、訓練で怪我を負ったとしても、直ぐにここに連れ込める。

 あれ、ノアが居ないな?

 

 隣のカーテンを開けるも人は居らず、他の生徒どころか、医先生すら見当たらない。


 訓練場も見た感じ誰も居ないな。みんなはもう訓練に出ていると思っていたが……

 実技訓練の時間なら、銃声の一発くらい聞こえるハズなんだけどな。

 はぁ~というかさ、仕方ないにしても、朝っぱらから、怪我して保険室とかついていないよな俺。

 今日は朝の一限目から絶対にサボってはいけない、鬼教官の実技四時間のクソ授業だってのに。

 あ! しかも、今日ペア実技だったし……嫌なんだよな……自分の実力が分かってるからこそ、相手に勝手に申し訳なく思ってしまうし、出なくて良かったかもな。

 

 ブツブツ……、ブツブツ……。


 今朝の失態とノアに対してセクハラまがいな事をしてしまって、何処か落ち着かず、言葉を漏らし続ける。


 医先生も居ないから、下手に出れないしな……

 ノアはなんで俺を助けてくれたんだ? 後、負の遺産って何? バケモノは一体なんなんだ? 


 というか、今……何時だ。


 訓練校庭場は巨大なドーム状になっていて、天井は殆どがガラス張りになっている。

 

 耐火性、耐氷性、雷、色々な耐性がてんこ盛りの巨大ドームは、そのせいか、外からの光を全て反射し、吸収してしまう。

 その為、中からは光で昼夜を判断することは出来ないのだ。

 

 携帯、携帯──

 

 あれ? ないな。もしかして……落としてきた!? 

 

 頭の中で、今朝携帯を手にして家を出る所から今、この瞬間までダイジェストに流れた記憶から見つけ出そうとするも──


 駄目だ、わからん。


 家の鍵を閉めたのかとか、須藤の奴──とか、余計な情報ばっかり流れてきて、情報がいつまで経ってもまとまらない。


 はぁ、一体全体何処に──


「お探しの携帯はコレかしら!」


 突然、保健室のドアが最大まで開き、何か企んでそうな声と笑みで、その場に腕を組んで仁王立ちしている者がいた。

 

 突然のフルパワー開閉に驚きを隠せない。

 コイツに、ランボルギーニを触らせたら即、廃車だな。

 

 何事かと見てみれば……紅蓮の髪に、紅い瞳、髪は纏めておらず、太もも……いや下手したら、ふくらはぎ程までの長さかもしれない。

 150cmないぐらいの彼女は、今朝に俺が失態を晒し、挙句にセクハラまでした……ノアだった。

 そして、ノアの右手には……俺の携帯が。


「ノア……なんでお前がここに……後、その携帯は確かに俺の携帯らしい、見た目、形まで全く一緒だ──さ、早く返してくれ」


「嫌よ」


「……え?」

 

「嫌って言ったのよ、聞こえなかった?」


「……ちなみに理由を聞いても?」


「な……なんてもん口に出させる気! ア、アンタはわ、私のぉ──お」


 恥ずかしそうに次の言葉を出さないノアを見て、大体、理由が分かってしまった。


「悪かったって……胸がない事に気づかなかったのは、非常に申し訳なく思っているから──」


「お尻触って、しかも匂いまで嗅いで! とんだ変態野郎の携帯なんか渡せるもんか!あ、あ、あと──胸だってどさくさ紛れて触ってたし! てか! 今胸が無いって言ったわね!」


 そっちか──! 余計な一言を言ってしまった。


 ムキー! っと顔を赤くして怒り散らかして、今にも襲いかかって来そうな気配が。


「悪かった、悪かったから……な? 携帯だけ返してくれれば、もう土下座でも何でもしてやるから──な」


 しまった! この言葉はこういう場面では、言ってはいけないランキング堂々の1位を早く携帯を返して欲しいが為に喋ってしまった。

 

 間違えた! なんて表情をして訂正しようとしても──遅かった。

 ノアの表情は、怒りから嫌な笑みへとすぐさまに方向転換。

 ニヤリ、と笑うノアに俺は背中に悪寒が走る。


 「良いわ、その条件飲んであげる! そうね、条件は──私の下僕になることよ!」


「……は? ハァアア!? ちょっと待て! 下僕って、何で俺がお前なんかの!」


「もう決めたことよ! 私は一度決めたことは決して曲げないの、アンタも男なら、自分の決めた事に責任を持ちなさい!」


「ふざけんな!? ちょっと口走っただけで、こんな滅茶苦茶な命令聞けるか!」


「日本男子には、ジャパニーズ精神があるんでしょ? 『男に二言は無い』って」


「いやそれと、これとは話が別だろぉ!?」


 ギィ!──と両者とも、歯を立てて、一向に口喧嘩が止まらない。


 くそぅ……こうなれば、奥の手を出すしか無いか! ノアの弱点は話してて分かった。

 下着の話になると、一瞬勢いが止まる──そこを狙って、携帯を奪う! そして脱兎の如く逃げる! これが、俺のプランだ!


 「ノア! お前みたいな身長145cm程度しかない、おこちゃまが黒のランジェリーを履いてるなんて、おこがましいにも程があるぞ!」


 急に下着の色を言い当てられて、急激に顔が真っ赤になる。


「な、ななな、アンタ急に何いって!?」


 頭から煙が上がってるかのように、ショート寸前のノア。少し、やり過ぎたかも知れないが──仕方ない。この隙に──


 勢いが止まった、よし──今だ!


 いきなり今の俺が出せるトップスピードを

 出す。目的は、右手にある俺の携帯だ。

 

 「なっ」


 はっと気づいたみたいだが、もう遅い! 


 ノアの右手一直線に手を伸ばして奪い取る──はずだった。


 「なにッ……」


 なんとギリギリで反応されてしまったのだ。携帯を持っている手首の付け根辺りを、掴んでしまってもう片方の腕も、同じ状態で硬直する。


「くっ……離しなさいよ、変態。今なら土下座に加えて……焼き土下座で許して……上げるわ」


「何で2回とも同じで……しかも、上位互換なんだよ……」


 だが、それは傍から見れば、両手で壁ドンをしている様に見えてしまい──見られた。


「「あ」」


 見られてしまった──そう、先生に。

 保健室を開けていて、今帰ってきたであろう、先生に……

 俺達の喧嘩、もとい、両手壁ドンを──


「あら、こんな所で二人して何をやってるんですか〜?」


「は、早瀬先生! これは、ちがくてですね」


「そ、そうよ! こんな奴となんか私は──」


 俺達が、必死に言い訳をしようが、彼女の目の前にある真実の前では──火をつけるだけだった。


「うんうん、この季節だもんね~カップルの一組や二組位できるよね~」


「違うわ! 早瀬先生! こんなセクハラまがいな事をしてくる奴が彼氏なんてバカ言わないで下さい!」


「セクハラ……もうそういう事したんですね……は、ははは……これって三十路になっても結婚出来ない私への当てつけですか……?」 


 「ちょっ、先生、落ち着いて! いつか先生にも春が来ますから──」


「──もう放課後なんだから、外でイチャつきなさい──!」


 慰めるつもりだったのに、逆に逆鱗に触れてしまった。そして、強引にスライド式のドアから出されてしまった。


 というかもう放課後なのかよ、どうりで人が居なかった訳だ。

 

「おい、ノア──」


 俺と同じくドアの前で体育座りで座っているノアにさっきの続きを持ちかける。


「帰る!」


 すると、突然立ち上がったかと思えば、帰ると言い出したのだ。


「明日、放課後屋上に来なさい! そこで、下僕の在り方とか詳細とか色々説明してあげるわ! 下僕!」


 何故かもう、彼女には俺が下僕という事になっている、理不尽すぎる。


「携帯は預かっとくから、バイバイ!」


 そう言うと彼女はそそくさと帰っていってしまって、追いかけようと思ったときには、既に遥か彼方だった。

 仕方なしに、俺は重い足をとぼとぼさせ、帰宅路へその足を運んだ。

 

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