殺しの天才


 窮地に立たされた時、人は自分が持っている実力以上の事が出来る。

 でも俺の場合は全く違う、条件が鬼畜だし、なっても悲劇が起こるだけ。

 この能力は最悪だ、人を無差別に殺してしまって。自分でも制御することが出来ない。

 なってしまったら、後はもう身を任せるしかない。

 なりたくなかった、でも関係ない。

 この力で、人を助けられるから安いもんだ。

 この俺を力はそのままで制御し、克服してやる。その為の策は考えてある。

 それは「人肌」に触れること、人が持っている特有の温かさは俺を正気に戻してくれる。

 無表情だった顔と、冷徹だった心に、少し穏やかさを取り戻す。


「お前……いやノア、悪いけどこのままの状態でいいか?」

 

「な、なにいってんのよ!? てかそこ……私のむね! どさくさに紛れて、なに触ってんのよ! しかも太ももまで!」


「……むねだったのか? それはすまない。今の俺にも気づかない事があるなんてな」


「な、な、な……アンタ、死にたいの? いいわ! 今にでも殺ってやるわ!」


 ムキィー! と顔を真っ赤にさせて、こちらを紅い瞳で睨んでくる。

 この子は凶暴だ、今すぐにでも離れたいところだが、そうはいかない。

 決意を固め、より人肌に触れられる様に抱き寄せる。


 「ひゃ! そ、そこ、おしり……! あ、アンタもしかして怒られて興奮するドM《変態》って奴なの? 日本に来て学んだけど、本当に居るなんて……」

 

 なんてもん学んでんだ……てか帰国子女かよ!? 後、俺を勝手にドM《変態》にするな!

 

 ドンッ!! ドンッ!!


 全身腐った青色した15m級のバケモノが爆音を鳴らしながら、こちらへ歩いてくる。

 

 「くっ、来てる! 離しなさいアンタ! 私はまだ戦える!」


 「駄目だ、頭を打ってるだろ? 離したら死ぬぞ」


 そう──二つの意味でな

 

「いいから、俺に任せておけ」


 そう啖呵を切ったと同時、俺達を完全にバケモノの影が覆う。そして腕を上に振って、コッチに向かって攻撃を仕掛ける。

 だが、当たらないな、今の俺なら全てがスローモーションに見える。

 地面が割れ、盛り上がり、土煙が舞う。

 

 それを俺とノアはバケモノの頭上と共に見下ろしていた。


「へ? いつの間に!? こんな高く……!?」


「一分で片付ける。その間、お前は目を瞑っていたほうが良い」


 正確には一分しか持たない──策といっても、タダの付け焼き刃だ。しかし、今の俺なら余裕だ、ゼロ距離で銃弾を放ち、当てるより簡単。

 頭上へ飛んだ俺達に気づいたのか、近くにあった奴の手ほどの巨大な岩を投げつけてくる。

 焦るノアを対象的に俺は冷静を貫く。

 なぜなら、岩が斬れるから。

 凄まじい速さで一直線に向かってくる巨大な岩。

 だが、今はお姫様抱っこをしている状態、両手が塞がっていて斬れない──ならば、


「ノア! 少しの間宇宙旅行しててくれ!」

 

 俺は空中で更に上空へとノアを飛ばす。

 キャ──! という悲鳴も少し遠ざかってきた、俺は腰に装着していた愛用武器「黒刃レイブレード」を抜く。

 

 そして縦一文字に一閃。

 

 岩も気づかないほど、早く斬る。


 「黒刃」のリーチはナイフ以上、日本刀未満の長さだ。だが、この長さでも俺は巨大な岩なんて一瞬で斬れてしまう。

 そして、少し遅れて、俺の目の前で岩が縦に真っ二つに割れ、俺の左右から岩が横切る。


 ゆっくりと地面へ落ちていく俺に、キャ──! と悲鳴の声が近づいてくる。

 自由落下の最大値までいったのだろう、かなりの速さで落ちてくるノア。

 また、お姫様抱っこの状態で、冷静に優しく受け止める。ノアには一切、落下時のダメージがないほど、ふわり……と。

 宇宙旅行から帰ってきたノアは、涙目になっていて、先程よりも鋭く睨んでいた。

 

「あ、アンタ……お、覚えてなさい……」


「すまなかった……が、悪いがもう一回いってもらう」

 

 着地。と同時に奴の拳が飛んできていた。

 逃げる必要はない、さっきと同じだ。

 再び、ノアを空中へ飛ばす。短期間で二度の宇宙旅行により、言葉も出ないらしい。

 俺の目の前まで、奴の拳が接近する──だが、遅い! しゃがんで低い姿勢で躱す、そしてお返しに土産だ。

 しゃがむと同時に、「黒刃レイブレード」を突き立て、腕を突く。飛んできた腕は直ぐには止まれない……俺は突き刺したまま不動。

 これが何を意味するか。それは簡単だ、奴の腕は、止まるまで斬り裂かれる。

 腕が止まり、痛みに気づいたのか、バケモノの咆哮のような悲鳴が鳴り響く。

 ──うるせぇから、そろそろ口を閉じてもらおう。

 「黒刃」を抜き、奴の腕へと飛んだ俺は、腕に向かって渾身のパンチを放つ。

 凄まじい威力に、腕が地面に叩きつけられる。バケモノもそれに引っ張られ、地面に頭からぶつかる。

 ──下地は整った。後は……刺す!

 奴の腕に着地し、またもや飛ぶ──そして、アイツの頭へと一直線に行くよう空中で修正する。

 ──じゃあな、名も知らないバケモノ、来世では良い人生を送れるといいな。

 空中で一気に加速。水星の如く、一直線。

 奴のコメカミへ落雷の様に落ち──奴の動きは止まった。

 ──終わった……か……。

 まだ四十秒しか立ってない、今から急いで人のいない所まで行けば──

 

 キャ──!!


 足早にその場から離れる俺に、悲鳴が聞こえてくる。まさか……忘れてた!

 急いで空を見渡した俺は、目の前の景色に絶句する。

 なぜなら、俺めがけて落ちてくるノアの姿が見えたから。


「ま、ちょっと待て! このままだと──」


「うぅ、さよならママ……アメリカでも元気でね……」


 死を悟ったのか、祈りながら落ちてくる。

 が、落下地点は──俺。

 待ってくれ! これは流石に──

 避けられるが、俺にも今まで培ってきた良心がある──でも、受け止めるとなると、体制が悪すぎた。

 

 ドッカーン!!


 土煙が舞い、地面にはヒビが入る。

 そこにはノアが座った状態でいた。


「いてて……何が起こったの? 私は確か、アイツに飛ばされて……え」

 

 ノアがなにかに気づく、座った状態のノアは、いわば尻もちをついた状態だ。

 結構な高さから落下したから、普通は痛いなんてすまないハズだから、違和感を感じたのだろう。

 下を見たノアは、キャ! と小さい声を上げる。おしりの下には、俺がいたのだから。

 

「こ、ここ、こんな状況でもセクハラなんて! やっぱりとんだ変態ドMだわ!」


 あらぬ誤解をされた事はともかく、俺は殆ど声が出せない状況だ。誤解を解こうにも、話せない。

 

「う──は……やく、どけ!」


 あ! と息が出来ていない事に気がついたのか、立って離れる。俺は立ち上がったが、


「っくっそ……いてえぇ」


「フンッ! 私の匂いを随分と堪能したみたいじゃない? このくらい当然よ!」


 最悪だ、ほんと。こんな雑なラブコメ展開、望んでないんだが──後、戻ってる。


 強い衝撃で、元に戻ったのか? とりあえず、本当に、よ……かっ……た。


 バタンッと力が抜けた様に倒れる。

 ──血を流しすぎた。普通なら最初の時点で病気へ行かなければならない怪我だ。

 そこから、随分と時間が立ってしまった。致死量の血が流れて、もう動けない。意識が遠のいていく……

 死ぬのか ここで? アイツの「夢」も叶えられていないのに……でも、コレで良かった──のかもな。

 人殺しの俺は、ここで消えてしまったほうが良い。

 

 ゆっくりと目を閉じて、視界が真っ暗に染まった。


 


 

 

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