ノア

 学園生活ってのは、とてつもなく面倒くさい。だって、バスを乗り損ねたとしても、怪我を負ったとしても授業は始まる。単位を取らないと卒業できないから、仕方なしに通学路の光景を眺めながらチャリで登校することにした。


 近所のコンビニと雑貨屋の間の路地を、自転車で駆け下りていく。


 すると向こうに見えるのは、海に浮かぶような人工島。人口100万人、南北15km、東西20km、学生は約六割五分。そこは──学園島「アリフロス」


 ここは、俺らを育成する総合教育機関。


 新人類Epic HUMANとは、数十年前から存在する不可解な存在。を持つ人類のこと。


 別称「素晴らしい人間」。


 凶悪化する犯罪への異常な不安。

 生きていく上で過酷な環境。

 おかしくなるほど過度なストレス。


 そんな負の結果が、人類に変化をもたらした。突如、日本に現れた新人類は旧人類の何倍も強く差は歴然。

 不気味がられ、新人類の居場所は何処にも無かった。

 恐怖の対象と成り、妬まれ、石を投げ続けられた。それ故に、負の感情が繰り返し起こり、また起こり……

 気づけば新人類の数はもう数万。


 総理はこの状況は打破すべく、共存の道を選んだ。


 彼が新たに作った憲法と政策は、当時、とてつもない程の非難を浴びていた。新人類との共存の為、教育を施し、共に暮らそうと──


 だが今、少なくとも、彼の努力は報われたらしい。


 ──しっかしよ、レインボーブリッジを自転車で渡るの景色は良いけどきついな……。


 レインボーブリッジを境界線に「学園島」がある。生徒達は、境界線前の島「寮島」に住んでいて、ここからは徒歩二十分。自転車は十分ほどでたどり着く。


 ちなみに、須藤の野郎が乗ってたバスは「闘戦学園」直通のバスで二十分で着く。巨大な学園が五つ。小さい学園は数百も有るもんだから、混乱を避ける為、巨大な学園には専用のバスが付く。


 ──良かったよ巨大学園、「闘戦学園」で。何せ、朝からゴマンといる奴等と取り合いをしなくて済む……たまに今日みたいな事も起こるが。


 本来なら二十分で学園へ到着だが、自転車だと、境界線に行くまで十分。渡って着くまで、三十分。合計して四十分だ。


 波の奏でる音と頬を撫でる海風に当たりながらレインボーブリッジを抜け、二十分。

 ……もう少しで着きそうだ、時刻は午前八時三十分。五十分の一限に遅れたら、あの鬼教官黙ってないからな……


 間に合いそうで、内心ホッとしていると──


 闘戦学園の赤門をくぐろうとした矢先。


 突然、俺のいる場所が影で染まったんだ。


「なっ!?」


 雨宿りが出来そうなほど、俺を影で包み込むソレは……トラックだ。


 まずい、このままだと押しつぶされる! 


 一瞬の判断だった。横に命懸けで飛んだ俺は、潰されるチャリを見ながら、割れゆくガラスと共に背中から転がる──


「ガ……」


 (制服が……)

 やられた……。上からトラックが落ちてくるとか、どんな世紀末だよ……。何者だ? くそったれ。


 どうにか立ち上がった俺は両腕に何個かのガラス片が刺さっていて、背中には激しく引きずった痛みを感じた。


 理解は不能だ。でもわかった、確実に誰かが悪意やっていることを──


 状況を整理しろ、俺。

 致命傷は負ってない……誰かが狙ってやった。そして──今、犯人は


「俺の真上にいる!」


 頭上15m、太陽の光に紛れ姿は見えないが、いる。全身巨大化した──バケモノが。


 奴は真っ直ぐ、俺めがけて落ちてくる。

 近付く程、どれだけ異常な肉体か──

 息なんて付く暇はない。


 後ろ跳び《バックステップ》で回避する。

 豪快な音を鳴らした正体を見た俺は、即座にコンビニと喫茶店の間の路地に入る。


 はぁ……はぁ……。

 あの全身青いバケモノ、能力者なのか?

 いや……能力者ってのは自身の強化や魔法みたいな超現象を操る奴等だ。

 自身の身体を、まるで変形させるような能力じゃない……そんな能力者みたことがない。


 あんなの、もし居たら──共存なんて──


「そうよ──アレは能力者じゃない」


 そう言葉を遮り、声をかけてきた人物は俺の目の前にいた。


「なんだ急に──え」


 5cm……もない。眼の前に15歳にも満たなそうな美少女の顔。


 ビックリして後ろへ転んでしまった。


 けど、誰だってビビる──両腕を膝に置いて、下を向いていたんだ。声がしたから、普通は声が聞こえた方に顔を向けるだろう? したら、なんと目の前に燃え盛るような灼熱の髪色をした美少女がいたんだから──


「なに転んでるのよ……もしかして私の顔に見惚れた?」


 んなアホな、そんなわけ無いだろ。


「バカ言うな、急に眼前に居たらビックリするに──


 グルゥ゙ラァ゙!!


 突然の奴の咆哮──


 俺達の居場所がバレた──


「どうする──俺達だけじゃ、あのバケモノには」


「問題無いわ、私一人で十分。アンタはそこで観てなさい……その怪我じゃ、どうせ動けないでしょ」


 この状況で、俺の心配をしてくれるなんてな……余裕の表れなのか。でも、あのバケモノに勝てる実力はあるのか? こんな小さい少女が?

 甚だ疑問だ。それにあのバケモノ能力者じゃないって……


「ちょっと待て! あのバケモノ能力者じゃないのか?」


「えぇ、そうよ。アレはこの学園島のの遺産」


「負の遺産って、何だよ? ソレ!」


「詳しくは後で話すわ! ──それより今はコッチ!!」


 すると彼女は、左肩と右肩から両方の鞘へ手を伸ばし、日本刀を抜く。


 (二刀流!?)


 いや、待て、知ってる。聞いた特徴まんまだ。


 150くらいで見た目は中学生。鮮明な赤髪は腰まで届きそうな程長く、口を開くたびに吸血鬼みたいな八重歯が見える。

 そして──何より、「闘戦高」のセーラー服と朱と白のスカートを履いていること。

 コイツは!? もしかして、闘戦最強の……闘戦学園最強と呼ばれる、赤瀬あかせノア──


「はぁあ──!」


 ノアが声高く叫ぶ時──俺は、見た。魅せられた。


 本物を──


 能力を──


 赤く、空高くまで登る火柱を──


 学園最強、炎の能力を──
















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