第3話

二週間、俺が女になってから経過した日数。 


最初少し鬱陶しかった程度の髪は肩にまで掛かるように伸びる、成長が早いのだろうか。

縛るという事を教えてもらってからは逐一切ったりしなくても良いものとなり、まぁサラサラで綺麗なもんだから少し愛着も沸いた。


カチカチ、と秒針を刻む時計の音。

そこから目線を下げれば、何やら足を崩しながら小難しい字面が並べられた本を読む男。


最近は、これが日常の光景となっている。


「なぁ、それ面白い?」

「ハズレだ。小難しい言葉がずらーっと並んでるだけ」

「……俺もそう思ってた」

「ふっ、お前は何でもそうだろ」


息を吹き出して笑う。

ゲームなどは無い、俺が好きな物といえば漫画くらいしか無い家なのでもう読み終わった単行本を置いて家主の方をただ見ていた。

口を挟めば集中しているのかと思っていたが、すぐに答えが返ってきた。


統夜は、分厚い本を置いて此方を見据える。



「用があるのか?」

「……髪、縛って」

「よしきた」


自分で縛ることはまだ時間が掛かる。

練習中だけれども、どうにも上手く出来ずに崩れてしまう。その点、コイツはすぐに終わらせてくれるし髪が引っ張られて痛いなんて事も無い。何処で覚えたんだか。


統夜は歩いて、自分の後ろに張り付き髪を手で慈しむように触る。


あれから、統夜のサポートは手厚かった。

男が着てもあまり違和感の無い女性用の服の調達、健康面の違い。

下着も機能性とかだけはちょこっとアドバイス貰った。

そういえばカップはDだった、結構大きいな。

メンタル回復の為には食事も大事だからって、いつも購買で済ませてた俺にお弁当渡してきたし。

教室で渡すもんだから、もう大変だったが。

兎に角、凄く手厚い。


「出来たぞ」

「早っ」

「早くない、髪の伸び凄いなお前……」

「やっぱり?」

「縛ってもうざったくなったら切れよ」

「りょーかい」 


手が、髪から外れる。

気持ちよかったから少し名残惜しい気持ちもある。

ふと窓を見やると、もう日が落ちて暗くなっていく頃だ。平日だったから大してここには居られていない。

ズボンのスマホもさっきから通知の音が鳴り響いている。

そっと、置いた単行本をすぐ後ろの本棚に戻した。

もう、帰る頃か。



「……そろそろ帰る」

「早くないか?」

「ずっと居たらアレだろ、親も居るし」

「そうだな」


自分で噛んで含めるように頷く。

本当は、もう少しここに居たい。

しかし何日も入り浸っていては家族も心配になるだろうし、何よりコイツに迷惑だ。

調子も取り戻してきたことだし、これからは少し控えなければ。


「俺は迷惑しないぞ」

「えっ!?あぁえ、声に出てた?」

「そういう顔だったから」


何だそれ……。

俺が顔に出やすいのか、それとも察しが良いのか。

ポーカーフェイスって訳でもないが顕著に顔に表れる人間でもないだろうし、後者なんだろう。

なんだか理不尽な気もする。


「どうせ俺以外居ないし、別に何時でも来ていい。一々許可も要らん」

「………最近面倒見良いね」

「馬鹿言え、ずっとだ」


涼しい顔で宣う。

喧しいロインの通知音を隠しながら、それに頷く。


「ホント、だな」

「だろ?ほら、急かされてんだから今日は早めに帰った方がいんだろ?」

「気付いてんなら野暮なこと言うなよな……」

「隠してたつもりだったのか、悪い悪い」


弧を描いて笑う。

最近は、笑顔を見ることが多くなってきたように思う。


ずっと、これが続けば良いのに。











違和感を感じてしまうのはきっと、俺の知る過去が此処には無いからだ。


「満、最近は入り浸り過ぎじゃないか。幾ら幼馴染とはいえ……」

「そうよ、あんまり過ぎると統夜君にも迷惑よ?」



「あ、うん……そうだね」


両親は晩御飯を食べながら俺に問う。

何のことはない、ただの日常の風景の筈だ。

だというのにどうにも拭えない違和感。

些細な事なんだろう、けれどどうしても目に焼き付いて見える。

配慮の仕方や、愛し方はどうしても今までと違って見えるのだ。

当たり前の事なんだろうけど。


「これからは、控える。ちょっと本貸借りしててさ……」

「なら良いんだけど……」

「まだ高校生なんだ、気をつけろよ」


誤魔化して逃げる。

親二人と話すことが非常に気持ち悪い。

全部全部前と変わっていない両親なのは分かる、だからこそ決定的に違う接し方に嫌な鳥肌が立ってしまう。

家で、家族に囲まれた場所で落ち着けないなんて理不尽あって良いのだろうか。

やっぱり神様はクソだ。


「大丈夫だよホント、心配し過ぎ」


その言葉を皮切りに声を発する事は無く、ただひたすらに飯にありついた。

二人は終始悩ましげな顔で俺を見ていたが、必死に目を逸らした。

食事は、喉を通った気がしなかった。

二人にも統夜にも悪いけれど、もう少し言い訳して入り浸させてもらおう。

今は、そうしないとこのチグハグな記憶との噛み合わなさにに耐えていられる気がしない。

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少女(元男)、堕ちる @buridai

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