第2話
朝霧統夜。
何でか一緒に居る幼馴染。
家が近かったらしいけど、それだけで仲良くなれる程自分が人好きだった覚えは無い。
ましてや趣味も合わない、真面目そうで頭の痛い活字の羅列ばかり好む子供らしからぬ男など。
我ながら子供の頃の自分が何を考えていたか、皆目見当がつかない。
ただ─
『満』
慈しむように、こっちを眩しいものでも見てるかのように目を細めて笑う。そこには、子供らしい貌があった。
あれがずっと─
◇◆◇
「で、どうだった?」
「マッジで誰も違和感持ってない。完全女子」
昼休み、丁度木が影になって学校の窓からも見られない校庭の裏側で合流して目の前の統夜へ愚痴を垂らす。
誰か彼か覚えててくれるかと思ったが、どうやら俺自身と統夜以外の過去は書き換えられているらしい。
クッソ何なんだこの超常現象………。
自分が元々女で頭おかしくなってたって方がまだ理解できる。でも統夜は男の俺を覚えてるしなぁ……。
「スカートもマジでスースーするしよぉ」
「……お前、ズボン要望しなかったのか」
「だって、“今の俺”はスカートなんか勿論抵抗せず履いてたんだろ?」
「幾らでも言い訳出来るだろ」
「迷惑だろうし……」
ハァ……、と呆れた顔で溜め息を吐いて俺を見る。
自分だって馬鹿だとは思っている、思っているが家族に不安を抱かせることは怖い。
「あの両親は多分何とも無いだろ……」
「子にもあの親みたいなメンタルが欲しい……!!」
「切実だな」
言って……みるか?
いやいや、もうこれで登校までしてきた訳だし。
わざわざズボンとか着れば注目されて浮いてしまうのではないだろうか。
やなんよなぁ、面倒を解決してさらなる面倒を呼び込む。クソみたいな循環だけど、良くあることだ。
苦虫を噛み潰すみたいに、広げた弁当に喰らいついた。
美味い。
「はしたな……」
「まひでふかふく、ほっお」
「詰め込んだまま喋るな」
「んぐっ、んくっ……慣れる!スカートで行きます!」
「お前……」
いけるいける。
今んとこ一番の解決策はこの性別に慣れるってことだけだ。
仕方ねぇ、望むところでも何でもないが今までと身体や環境がどう違うのかを知って段々と自然にしていけばいい。
人間慣れれば過去の模索も忘れていくものだ。
「体育だろ次、昨日も言ったが─」
「るせーるせー。見ん見ん、俺は浮きたくはないんじゃ」
「誘い断ってあれなのにか」
「ゔっ」
痛いところ突かれて変な声出た。
奇声すらまぁまぁ可愛いこの身体……。
そりゃあ、友達の誘い断って幼馴染とはいえ男と二人で昼食なんて勘繰られない訳が無い。
いつも男女揃ってる昼食だったのになぁ……。
流石にあの誰も俺を覚えてない場所に居続けるのはアイデテンティのような何かが崩壊する。
そういう噂が立つのもう仕方ない。
安心出来る場所ってのは、いつも決まってるんだ。
マジでこいつが覚えてなかったら比じゃないくらいショックかも。
神様ありがとうございます。
な訳ねぇだろクソ神が、意味不明な事してきやがってよぉ、俺なんか前世でやらかしたの?
「ふ、まぁサポートくらいはこれからもする。大変すぎる立場だろうし」
「余計勘繰られない?」
「必要経費だな。要らないか?」
「いる、超、まじ」
そう言うと、笑いを堪えるように口を抑える。
俺が必死なのがそんなに面白いのかコノヤロウ。
「どういう感じだったどういう感じだった!?あーんとかした、あーんとか!?」
「キスは?ハグは?手はもう繋いだ?」
両手に花?と言うべきなんだろう。
いや全然花には見えないけど。
戻った瞬間、これだ……。
遠巻きに眺める先日まで同性だった男連中兼この二人の喧しい女生徒達の彼氏はニヤニヤと行方を見守っている。
雪見愛子、真部友梨、二人は異性の友人だった。とても恋に貪欲というか、彼氏が出来ても他人の恋愛話は別腹らしい。
「話しただけだよ、話しただけ」
「えーつまんなーい!もっとこうさ、ガツガツ行こうよ!ガツガツね!」
「愛子、人には人のペースがあるのよ」
「サーチアンドデストロイが何言ってんのー!即手ェ出す癖にさー!」
「不名誉ねホント」
「はぁ……」
ついていけない、圧に。
こんな、こんな酷かったか?
二人が恋愛話が好きなのはわかっていたつもりだが、ここまで何というかアレでは無かった筈だ。
やはり同性同士だと遠慮が無くなるのは男女共通なんだろうとは思うけども……。
いや、この二人特有のものか?
早くも自信が無くなってきた。
ちゃんと慣れられるだろうか、不安だ。
「で、何処が好きなワケ?」
「そういう意味で好きなワケじゃ……」
「えっ、あんなロイン来た瞬間に満面の笑みな癖に?教室猛スピードで飛び出した癖に?」
あれは安心と解放感が混ざっただけだ。
やりにきぃ、マジで。
理屈を述べて納得させる?無理無理。
人生諦めることも肝心だ、否定も肯定もしなければどうとでもなる。
……無言は大体肯定になる訳だけども。
「まぁ愛子はともかく、嫌いなわけではないのよね?」
真部さんはそう言って真っ直ぐ俺を見据える。
狡くねそれ。嫌いじゃない=好きの花畑方程式じゃんかよ、第一嫌いとか言えねぇ。
「まぁ……」
「そう。タイプは随分違うように見えたけど」
「良くある事じゃない?」
「あら?結構珍しい事よ、基本的に類友が一番多いと思うわ。ああいうのとは趣味も合わなそうだから不思議なのよね」
「それはね─「愛子は黙ってて頂戴」発言権は?」
それは俺も思うけど。
改めて考えると、アイツは何故俺に構ってるんだろう。
基本的に本の虫な統夜はゲームと言ってもテーブルゲームしか持ってないような俺とは相容れない人種だ。
俺も俺でなんで一緒にいんだ……?
まぁもう居なくなっては困る、というか認識出来る何処かに居ないと普通に泣く。
今はメンタルが弱っているのも有るけど、それは昔からそうだ。
「理由とか知らんし……嫌いじゃない、から?あっ」
「やったわね。チェックメイト」
「最初から最後までズル……」
詰められただけだわ。
ニヤニヤと、二人分の瞳が俺を見る。
噂の当事者って、こんな面倒なのか……。
そっと、止めようともしない遠くの彼氏連中を睨んだ。
俺も前まであそこに居たはずなんだが……。
頬が引き攣りながら、その場は笑っているしか無かった。
「で!もう弁解も説得も不可!完っ全勘違いされてる!」
「ははは」
「何笑ってんだコラ」
「俺にはどうしようもないからな」
「サポートするとか言って頼りにならねぇなコイツ……」
「あぁ言ったけどな、実際そうだ。口出し出来ないことの方が多い。愚痴くらいしか聞いてやれん」
帰り道、隣に立つ幼馴染は相も変わらず涼しい顔で役に立たない宣言をしやがる。
現状頼りに出来んのお前だけなんだが……。
男だから口出せないって事ないだろ絶対。
元とはいえ俺も男だったんだ。
別に明け透けに女としての事情を明かすのに羞恥などない。
「下着とか化粧だとか面倒い。生理以外は全面サポートして」
「は、お前………そこまでするのか?」
「下着はもう仕方無い……!化粧は葛藤中……!部屋にあんの使わないの勿体無ぇ……!」
「律儀なことで。下着は遠慮したい……出来れば化粧も……」
サポートする気あんのかオメー。
下着とか一番恥ずかしいのは俺なんだわ、誰か巻き添えになればこの羞恥も少しは薄れるだろうということで。
道連れが欲しい、この羞恥心の。
乗り越えなくてはいけないことと分かってはいるが、自分の持ってる記憶が足を引っ張る。
全部その意識さえ忘れられたら、楽だろうに。
それはもう俺じゃない気はするが。
俺が不満げな顔で睨むと、統夜は顎を指で摩って考え込むポーズを取る。
鋭い目付きで見据えられ、自然と体が強張る。
何だろうか、流石に求め過ぎか?
「その……お前は良いのか」
「?俺が頼んでるんだぞ」
「………」
瞼が動いて、瞳が細まった。
「下着はナシだな、自分で何とかしてくれ」
子供みたいに笑った。
「あ、うん……」
なんて事の無い、当たり前の返事。そこに大した感情も意図も含んでいない筈なのに。
探し物がふいに見つかるというか、見たかったものを見せられたような気がした。
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