少女(元男)、堕ちる
@buridai
第1話
『俺ってさ、な、男だよな?な?…………っっ!!そうだよ!そうなんだよ!男なんだよなァ!?』
『おっ、俺……意味分かんないと思うけど、や、俺も分かんないけど、えっとさ、来て欲しい。頼む、お願い、統夜』
様子がおかしかった。
ジェンダーにでも目覚めたか、自分の性について執拗に確認してきてのこれだ。
電話の向こうの幼馴染は随分と錯乱している様子を見せている。
錯乱のせいか、心無しか声も随分と高くなっているように思える。
そういう時に頼るのは、俺ではないだろう。
しかし無視するのは酷だ。
渋々と、少し肌寒い外に出る支度を始めた。
現状を理解できない、とは言えない。
家に到着して目に入った光景はその一言だった。
理解はしているが疑問でいっぱいだ。
いや、合点はいくのだが。そうだ、そうであれば色々説明がつく。
だが決してそうはならないだろう。
常識が覆される。
そんな初めての感覚を、亜麻色の髪の少女に向けた。
可憐と言えるのだろう、卵のような艶肌を持つ彼女は目の覚めるような魅力をダボついた厚着ながらも存分に発揮していた。
不躾な視線とは、理解しているが。
これは本当に、
いや、よく見れば何処となく面影はある。
血の繋がった身内くらいには想像できるだろうか。
「ボーっとしてんな、いや、分かるよ俺も……えっと」
「親には」
「話した、けどさ……なんかおかしいんだよ、俺がこうなってることが普通みたいで」
「それは、まさか」
「服も女物しか無くて、だからお前に連絡して、そしたらお前の記憶ではちゃんと、俺っ……俺ぇっ……!」
また混乱。
だがそれに相応する出来事だ、無理もないだろう。俺も思考してはいるが、正直言って訳が分からない。
突発的に女になることは置いて、それが過去すらも塗り替える?
今までの生きた分を含めてまるごと?
それでは、まるで─
まるで、秋空満という人間は死人ではないか。
「……家に来い」
「俺、俺って……えっ!?」
現状それくらいしか俺には出来ないだろう。
これを家族が“当たり前”とするならこいつはますます混乱するばかりだ。
やがて糸が切れる、その前に。
「いや、いや、分かるけど……いいのか?」
「いつも無遠慮な癖に。一人暮らしなんだから俺しかいない」
「そうじゃなくて」
「置いてくぞ、さっさとしろ」
馴染み深い家から背を向けて歩き出す。
これ以上ここで話してても意味はないだろう、そう判断してのことだった。
慌てるように俺の背を小走りで追いかける。
いつも通りの事だが、随分と頼りなく弱々しい姿に思えた。
◇
さて、家に戻って来た訳だが。
家といっても精々客人一人もてなすくらいが関の山の狭いアパートだが。家は家か。
目の前の幼馴染は、肩身が狭そうに縮こまりながら視線を右往左往させて座っている。
なんだこのしおらしい生き物は。
どうにも先日までの幼馴染の記憶と合致しない。
「あ、あのさ……統夜は俺のこと、覚えてるってことで良いんだよな」
「あぁ」
不安そうに揺れる瞳はその答えで一定の落ち着きを取り戻した。
……しかしこの容姿で男の口調だと全く違和感満載で申し訳ないが少し気持ち悪いな。
少女は、いや満は机に置いた麦茶に手を伸ばし、噛み締めるように一気に飲み干す。
駄目だな、感情は喉を通るもんじゃない。
酔っ払い親父のように空になったグラスを机に叩き付ける。
やめろ、もうガタガタなんだぞ。
「学校は行くのか、明日だぞ」
「怖えーけど……行く」
「……そりゃお前はそうか」
「だって、不自然だろ。急に行きたくねぇっつったら」
家族に、だろう。
律儀というか真面目というか、全くもって頑固な奴だ。
それでこの話は終わりだ、俺はもう一度視線を満に合わせた。
次は俺がもっとも気になっているところを聞くとしよう。俺にとっては一番重要なことだ、それにコレ次第で対応も変わっていく。
「俺だけなのか、“元”を知ってるのは」
─それならば
「うん、家族ダメで他の友達に聞いてみてもさ………一人称おかしいぞって、茶化すみてぇに………多分俺は“私”だったんだ」
「……」
たらんと、亜麻色の髪が表情全てを隠すようにへだれる頭に被る。
発狂してもおかしくないのではないだろうか、絶望の渦に苛まれていることだろうか。
極限の状態ではあったろう、俺が元々を知っていたから落ち着きを取り戻したのか。
何故俺だけがと、こっちにも疑問はあるが。
そうか、俺だけか。
過去を知るのは俺以外に─
「統夜?」
「……晩飯食べていくか?」
「えっ、い、いいの!?」
「家に居づらいだろ、寝る時間に帰ればいい。お前は良い子だからそれくらい許してくれる」
「……サンキュ!ロイン送るわ」
上手く誤魔化せたな。
満はスマホを弄って両親に旨を伝えている。
そういえば、あいつの両親から見た俺達の関係性はどう見えているのだろうか。
恐らく変わる前と同じと思っていいだろう。
電話の件を聞けば取り巻く環境は全く同じと言って良いんだろう。
それならば、雑多な思い浮かぶ面倒事は半分程は帳消しになったような。
それでも人の有り様は性別によって大きく左右されるものだし、苦しいのは変わりないか。
「良いよって!統夜のとこって言ったらすぐ!」
「良かった、じゃ、晩飯の支度する」
「あっ俺も手伝う!」
「……………元気になったか、少し」
「つーか、落ち着いた?落ち込んでてもどうにもなんないしさ」
「そうか」
「それにさ──」
目を閉じて、人懐っこい笑顔で笑う。
俺の知る過去の姿と重なって、どうしようもなく同一人物だと理解させられる。
「一番覚えてて欲しい奴は、覚えてるし」
あぁ、そうか、俺は取り分け特別か。
その疑いようも無い事実に思わず口許が緩む。
笑いを堪える姿はどうやら馬鹿にしていると勘違いされたらしい、目を細めて睨まれている。
「フッ……馬鹿にしたわけじゃない」
「お前さぁ……恥ずかしい事言ったとは思うけど……」
「無難にカレーで良いか?」
「出た話逸らし……」
指摘はされたがこれ以上責められることも無く、自然と晩飯の準備に取り掛かかっていった。
街灯が夜道を照らしている。
満の住む家が近い証拠だった。
俺の家はこういう灯りも少ない閑散とした場に立てられている、故に一人は危険だろう。
元とはいえ男だと満は抗議していたが、これはそういう話では無い。
幸い晩飯を食わせたという恩を笠に着ればすぐに従ったが。
夜道を送っていく、当たり前の事だ。
「いつまで不貞腐れてる、仕方無いだろ?あの辺はあまり治安が良くない」
「そりゃそうだけど……男から女になったからって…」
「それこそ仕方が無い事だ。特にお前は生まれたてみたいなものだしな」
押し黙る。
仕方の無いことなどこれから沢山ある。
女から男に変わったとして、男から女に変わったとして、そのギャップは計り知れない。
不幸なことだ全く、こんなただの一青年に降り注ぐことないだろ。
「女子の着替えはまじまじと見るなよ、勘繰られるしな」
「きっ、きがっ!?見ねー見ねー!!なんっ、お前まじ……」
「意外と初心だな」
「クソ野郎……」
良い反応をする少女を揶揄っていれば、視界には良く見知った二階建ての一軒家が目に入る。
会話を切り上げ、玄関の方へと進む。
街頭や家の光があるとはいえ、今夜は中々に暗い。
満の変貌した身体は、その暗さでも明らかに過去と違う。
性別が変化しているのだから当然、骨格から構成する全てが変化している。
それでも紡がれる言葉は全て、秋空満という人間そのままだった。だから理解自体はすんなり出来た。
「あの……今日、マジでありがと。カレー美味かったし」
「感謝は取っておいた方が良いんじゃないか?どうせまだまだ来るんだろう?」
「素直に受け取ってくれてもいいいんじゃないかね……」
「ハハっ、どういたしまして」
「また明日も多分世話になる、ごめん。おやすみ……」
「おやすみ」
小さく手を振ると、それに応えて控えめに手を上げながら玄関の方へと消えていく。
……渦巻いているのは、なんだろうか。
今日一日、あの幼馴染はずっと弱々しく頼りなかった。
その姿に─
歓喜が湧いて出た
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