私が選ぶのは2
そうしているうちに、何やら外が騒がしくなってきた。どうやら宮女が騒いでいるようだ。
「私、隠れた方がよろしいですか?」
「大丈夫でしょ。宮女は僕の許しが無い限り突然部屋に入ってくることはない」
輝天様はのんびりと口にするが、騒ぎは徐々にこちらに近づいてきているようだ。
「──お待ちください!! こちらへの立ち入りは禁じられているはずです!!」
「待たない。お前たちが職務を放棄して輝天に取次ぎもしないせいだろう」
私がこの声を聞き間違える訳がない。輝天様に視線を送れば、彼もどうやら状況を把握したらしい
「まずいね。まさか兄上が強行突破してくるとは思わなかった。星蓮、早く龍玉を首にかけて」
輝天様に指示された通り、彼の鱗から作られた龍玉を首からかけた。スッと私の姿が消えたところで、勢いよく引き戸が開かれる。あまりにもギリギリで、姿を隠しているのに心臓の音で居場所がバレてしまうのではないかと思うほどだ。
「兄上!? どうしたの一体。月華宮まで来るなんて、初めてじゃない?」
輝天様は、途端に見た目通りの子供っぽい声を出す。本当に演技が上手い。
「……輝天。聞きたいことがあって何度も宮女に取次を頼んだのだが」
「え? ……きっと皆、僕が落ち込んでいるのを知っていて、遠慮したんだと思う。本当にごめんね兄上。僕が月見の宴が良いって言ったから、星が好きな星天妃を外に出したのでしょ? そのせいで星天妃は天に帰ってしまって……」
輝天様の目から涙が溢れた。彼にこの表情でこう言われて……強い態度で出られる者がいるだろうか? きっと輝天様のことだから、この手法が明昊様にも効くのを分かってやっているのだろう。
「輝天。悪かったと思うのであれば、本当のことを話してくれ。……星蓮をどこへやった?」
それに対して明昊様の表情は……無だった。感情の無いその表情に、私の戸惑いは強くなる。
(明昊様は、怒るときはしっかり感情を出して怒るタイプで……こんな表情、見たことがない)
「どこって……僕、説明したよ!? 彼女は『この世界にはもう居られないから天に帰ります』って言って消えたんだって!」
「輝天は俺を誰だと思っているんだ? 俺は輝天の兄で、たった二人きりの龍神族。……分からないわけがないだろう」
涙をこぼしながら口調を強める輝天様に対して、明昊様は袂から薄桃色の披帛をとりだしてきた。あの日池の水で濡れてしまい脱いだ物だ。その場で急に消え去ったという天女説の信憑性を高めるために、輝天様の案で池の淵に残してきたものだった。
「輝天が望めば、大抵のことは思い通りになる。……だからこそ、俺に星蓮を返して欲しい」
「兄上は、僕が星蓮を攫ったと疑っているの?」
「星蓮を番にしようとしていただろう? 俺は聞いていたんだ。星蓮が俺のことなんて嫌いだと泣いていたのを。咄嗟にその場を離れてしまったが……せめて彼女に弁明する機会が欲しい。俺は星蓮を諦めたくない」
思わず「あの言葉は、嘘です!」と叫びそうになってしまうが、今ここで声を出して居場所がバレてしまえば、この後どうなるか分からない。だから私は口元を手で押さえる。
「ずっと警戒はしていたんだ。輝天は昔から俺のものを欲しがる癖がある。しかしそれは本当に欲しいわけではなくて、俺が大切にしている物は、俺を貶す周囲の者に壊されてしまうと理解しているから。……ほら、その巻物。星蓮の字だ」
(目敏い……!)
私は動揺したまま輝天様の方を見つめる。輝天様の纏う気配に動揺はない。
「輝天──やっぱり、お前だな。他のものはいくらでもやるから、星蓮だけは返してくれないか?」
「星蓮は僕の番にもならずに去った。兄上の近くに居たくないから。……それが愛の冷めた星蓮の答えだよ」
「ではその途中になった巻物は? この部屋のどこかに星蓮は居るのだろう?」
「……兄上、僕の話聞いてた? だから、星蓮は天に帰ったんだよ。それに、星蓮の居場所を知っていたとしても絶対に教えないよ。星蓮が居れば、兄上は立派な龍帝になれない。星蓮を守ることばかり考えて、この煌龍帝国のことは後回しにする」
しかし明昊様の纏う気配には変化があった。今まで無だった表情が崩れ、内側から現れたのは哀しみだった。
「……頼む。俺は星蓮の居ない世界で、何を糧に生きていけば良いのか分からない」
その言葉に私は、どうしようもない後悔を覚える。私は明昊様にこんな悲しい顔をさせたかったわけではない。出来るだけ彼を傷つけない方法を選びたかったのに……それでも声をかけることは、出来ない。
未来を見るだけ見て、解決策を示さなかった玉英妃に私は「酷い」と言ったが。……彼を傷つけたままフォロー出来ない私の方が、もっと酷い。
「……兄上が父上のような立派な龍帝になったら、天から呼び戻してあげてもいい」
明昊様の様子を見てよっぽどだと思ったのか、輝天様が譲歩案を示す。あくまでも天に帰った設定は生かすらしい。
「では、それまでの星蓮の身の安全は、お前が担保してくれるのだな? どんな相手からも守りきって、俺の元へ返してくれるのだと、約束できるのだな?」
「担保というか、当然だよ。だって星蓮は天に居るのだから、そこは安全な場所に決まってる」
明昊様は少しの間考えて……輝天様の出した譲歩案を受け入れた。
「……かつて星蓮は『失敗も糧にして、次こそ最善の一手を』と、悲しくても前を向いて、顔を上げるのだと言っていた」
それは初めて明昊様にお会いした日に、天文時計が壊れてしまった悲しさから口にした私の言葉だった。
輝天様の出した条件を飲んだ明昊様は踵を返して部屋から出て行こうとするが、最後に思い出したかのように振り返った。
「星蓮。口にしてしまえば、止まれない気がして……何もかも捨てて星蓮と二人で逃げてしまい気持ちが抑えられなくなる気がして、言えなかったのだが。……俺は星蓮だけを愛していた。番にしなかったのは、俺が狙われた時に星蓮を巻き添えにしたく無かったからで、他の理由はない。それだけは──信じて欲しい」
姿を隠しているので、目線は合わない。
それでも、私の涙腺を緩ませるには十分だった。
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