用済み4

「明昊様! この女、商家の出なのに偉そうに口煩く説教ばかりしてきて、酷いの」

 

 先程まで怒鳴り散らしていた玉英妃はコロっと態度を変えて、甘い声を出す。

 

「ではこの振り上げた手は何だ?」

「気に触る虫を払おうとしただけですわ。ねぇ明昊様、今宵も私の元で過ごして下さいますよね? こうも薄暗いと羽虫がいて、私怖くて怖くて今にも倒れそうなの」

 

(倒れるどころか、ヒステリーな叫び声で羽虫の息の根すら止めそうな勢いだったのに……それに『気に触る虫』って私のことでは?)

 

「……星天妃の言い分を聞こうか」

 

 久しぶりに見た明昊様の表情は、かつて馴染みあったものとは違い、完全に公の人としての表情をしていた。その瞳は鋭く、玉英妃の言い分を信じて私を睨みつけているかのように見えた。全てが玉英妃の「今宵も」という言葉に凝縮されているようにすら感じる。

 

(私が何か言って玉英妃が騒ぐと、宴どころでは無くなってしまうわ。特に実害は無いのだし、ここは黙っておこう)

 

 この状況で話しても場が拗れるだけだと判断し、明昊様から視線を逸らす。そして団扇で完全に顔を隠した。

 

「皆宴を楽しみにしているようですから、喧騒の解決など後回しにしてくださいませ」

 

 それに対する明昊様の返答は無かった。ただ玉英妃と共に星蓮の前から立ち去っていく気配がする。ジャリっと玉砂利を踏む音が徐々に遠ざかっていく様子が彼の心内を表しているようで、心に雲がかかり影がさしたような心地になった。

 

「星蓮様、どうして何も弁明されなかったのですか! これでは勘違いされてしまいます」

「だって宴が定刻通りに始まる方が大事だわ。時間は死守しないと、今後の信頼にも繋がるし……」

 

 そうやって名凛と話している間に明昊様が何やら宣言をして、笙や琵琶などによる演奏が始まる。穏やかな演奏の合間にザワッとした人の声が混じり、一気に場の雰囲気が華やかになった。しかし名凛は大層不満そうだ。

 

「……もう。星蓮様は前向きなのに欲が無いんだから」

 

 そんな名凛の小言を聞きながら空を見上げる。闇が深まり、空に浮かぶ星々が美しく輝く。配膳された餅菓子を毒見が済んでいるかどうか尋ねてから頬張り、その光景を眺めるが……残念ながら私の期待通りではなかった。

 

「……ここよりも星天宮の方が綺麗に見えるわね」

 

 星を見る際は、周囲に光源がない方が綺麗に見える。明昊様が星蓮専用の天文台として作ってくれたという星天殿はそのあたりも計算されているのか、周りの光源が気にならないようになっていた。月は満月で大層美しいのに、まるで明昊様の瞳のように感じてしまい……私は気を誤魔化すために名凛に話しかける。


「ほら、名凛見える? あの東に見える一等輝く星が──」

「あ──……星蓮様。私に話されても、良くわかりませんから結構です」

 

 折角なので星談義に付き合ってもらおうと思ったのだが、軽くスルーされてしまう。名凛だけはなく、他の侍女達も含め皆こんな感じで、私の行う占いは大反響なのに星には全く興味がない。皆、季節の指標としての星座には興味があっても、単純な星好きにはなってくれなかった。

 

「それに……先ほどから明昊様がこちらを刺すように睨み付けてきて、恐ろしいです。星蓮様、後で刺されるのではないですか?」

 

 名凛は持っていた大きな団扇でさりげなく私の姿を隠す。刺される危機感を覚えるほどとは一体どれくらい睨まれているのだろうか。気になって団扇の影から少しだけ体をずらして、こっそりと彼の姿を盗み見る。玉英妃のスペースで隣り合って仲良さげに座っている彼は、親の仇を見るような目でこちらを睨みつけていた。

 

(先ほどの喧騒で、そこまでお怒りなの?)

 

 明昊様は面と向かって怒鳴り散らすことも多いが、その腹の内には煮えたぎった怒りいつまでも溜めておくタイプだ。非常に根に持つ……もしくは執念深いとも言える。

 

「やっぱり星蓮様が反論しなかったから勘違いなさっているのではないですか? あんな女の言い分を、すんなり聞き入れるなんて……見損ないました。あんな龍帝の寵姫にならなくて、星蓮様は幸運でしたね。龍帝がアレなら皇后候補もアレで納得です」

 

 名凛がそうやって悪口を言い激怒している間にも、変わらず明昊様はこちらを睨みつけていたのだが。玉英妃が話しかければその怒りを抑えて、彼女に笑いかける。どこからともなく聞こえてきた「まぁ。絵になる二人でお似合いね」という言葉が、私の心に更に暗い影を作った。

 しかし宴という席なのもあって、私は明るく努める。

 

「仕方がないわ。星の輝きは長い年月変わらないけど、心は簡単に移ろってしまうもの」

「本来龍神族は、番として龍神となった女性だけを大切にするような愛情深い種ですよ。龍帝であるが故の危機管理のために、あえて番を定めない龍帝が殆どですが……人間ほど心変わりしません」

「心変わりしないのであれば、どうして後宮を作ってあるのかしら。無駄ではない?」

「龍神は番以外と子を成す確率が低く、しかも無事に生まれることの方が珍しいのです。だから相手は沢山居ないと。……異類婚姻の定めですね」

 

 名凛は「常識ですよ!」と言うが、勉強不足であった私はその説明を聞いて、現状がストンと腹に落ちた。

「星蓮だけは番に出来ない」と言われた私は、初めから愛されてなどいなかったのだろう。好きだとは一度も言われたことがないし、きっと占い師として求められ、占い師として大切にされただけだったのだ。

 心変わりしないのであれば、尚更そういうことになると……私は自嘲するように、笑った。



「占いをするのですか?」

 

 私は伝達事項を伝えに来た宦官に、抜けた返答を返してしまう。

 

「はい。全ての妃が平等に龍皇帝陛下と皇弟殿下の前で何かしらの出し物をすることになっております。星天妃には、陛下直々に『星占いを』との命が下っておりまして、二番先が星天妃の番となっております」

 

 そもそも出し物をしなければならないというのが初耳であった。後ろに控えていた侍女たちに視線を送るが、皆首を横に振るばかりである。星ばかり見て宴の内容なんて無視していた私は、周囲の様子を伺う。いつの間にか明昊様は玉英妃のスペースから上座へと移動しており、別の妃が琵琶を演奏しているのを聞いていた。

 

「ならばあらかじめ、星蓮様の侍女である私達に、宴の前にお伝えいただくのが筋でしょう?」

 

 名凛が大きな団扇で星蓮の姿を隠しながら苦言を呈すが、相手はただの宦官である。私はひょっこり団扇の影から顔を出して、宦官に微笑んだ。

 

「名凛、怒っても仕方ないわよ。この方は私を呼ぶように言われただけですもの。ね?」

「あ……はい、いいえ! だ、大丈夫です。私と待機場所まで来ていただけますでしょうか」

 

 少々朱を混ぜた表情を隠しながら肯定か否定か分からないような返事を返す宦官は、中年と呼ぶにはまだ若い。星談義に付き合ってくれる人間がおらず退屈していた私は、良い案を思いついて宦官に提案した。

 

「ええ、勿論です。ただいきなり陛下の前で話すのは緊張してしまいますから、待機場所で私とお話してくださいますか?」

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