用済み1
春は過ぎ去り、夏が来て。季節は移って秋になる。私はその変化のタイミングで毎回星座と関連付けて、次の季節の訪れを告げた。
「星蓮! 陛下の言う通り、蛇座が空に登り始めたら秋になったね。陛下自身は恐ろしいけど、季節の目安が分かりやすくなったのは良かったよ」
「星蓮が作物ごとの作付けの時期の目安まで教えてくれるから夏の収穫も増えたし、有難い」
そんな声がほとんどで、明昊様への印象は当初より遥かにマシになったように思う。私は心から安堵していた。
しかしそれに反比例するようにして、明昊様の姿を見かけることは無くなっていった。
初夏の頃までは、煌龍殿の周辺を通った時に姿を見かけることもあった。目があれば手を振ってくれるなどもしていたのだが……最近ではその姿を見ることも無い。非常に多忙とのことで、書簡を送っても返事は無い。裏方の仕事が得意だという明昊様の性質も相まって、本当に何をしているのか良く分からない状態であった。
しかし商人であるお父様を経由して贈り物だけは絶えず届いた。
「分かってあげなさい。陛下もお忙しいのだよ」
お父様にはそう諭されたが、私はちゃんと分かっている。
明昊様は、頻繁に後宮に足を運んでいることを。
私の元に来ないだけだということを……私はちゃんと、理解している。
気がついたのは、偶然だった。後宮から外に出るには必ず通る煌龍殿の前。そこで官吏達が明昊様について話しているのを聞いてしまったのだ。
「星天妃への執着は、やはり珍しいものに惹かれただけだったのか」
「護衛付きと言えども自由に街に出入りさせているところを鑑みると、良いように使える女性の占い師が欲しかっただけなのかもな。星天妃は話術にも長けているようだし」
「その代わり今一番通っているのは、玉英妃のところか? 確か彼女も水晶占いが得意だと聞いたことが……」
どこをどう切り取っても、明昊様が私以外の妃に夢中になっているという話題であった。
龍の刺繍が入った衫も、私の瞳と同じ翡翠の首飾りも、銀製で蓮の花が描かれている茶器も。
明昊様が選んだのかお父様が選んだのかも分からないような贈り物達は、──要らない。
明昊様を思い出すのが辛くて、私は龍玉のついた簪をつけることすら辞め、戸棚の奥にしまい込んだ。
「星蓮お姉ちゃん、なんだか最近元気がないね? どうかしたの?」
街に降りて、私は今日も星座の話をする。流石にもう溺愛エピソードを広める勇気はないので、単純な星座の話だけではあるが。街の皆は、明昊様が変わらず私を愛していると思って疑いもしない。
それでも昔からの顔馴染みには、私の表情が曇っているのが分かるらしい。よっぽど酷いのか、今日は昔から交流のある五歳ほどの女の子にそう言われて、顔を覗き込まれた。
「そうかな……? ちょっと気分が沈んでいるだけよ」
「ずっと顔色が悪いから病気かもって、心配していたの。これ、叔父さんと一緒に作った丹薬あげるよ」
その子が私に握らせてきたのは、赤茶色の丸薬がいくつも入った麻袋。明昊様に指示された通り口にするものは気をつけていた私だが、相手が顔見知りの女の子だったので特に何も思わずに受け取ってお礼を述べる。更に中身が薬だったので、前世での長きに渡る闘病で薬に対して拒絶感の無い私は、躊躇いもなくその丹薬を口にした。薬草特有の苦味があるが、その他の違和感は感じなかった。
その二週間後。春前に修理をお願いしていた天文時計が私の手元に返ってきた。大人一人分ほどの大きな箱にいくつかの時計が重なり合って付いているようなデザインで、複数の針が現在の太陽や月、星座についての現状を示している。特に星好きの私は星座部分にこだわり、誰にでも分かりやすいように星座部分に関しては星座のモチーフを絵図で示し、合わせて季節も一目で分かるように色付けしてもらった。
(これならきっと明昊様や他の人でも分かりやすいわ)
星天宮に運ばれてきた天文時計は、ひとまず私の部屋の中央に据えられた。耳を澄ませば中で歯車が回る音が聞こえて、静けさを割るその音が余計に私の心に寂しさを募らせる。そのせいか最近私は体調を崩すことも増えていた。少しでも良くなればと、以前貰った丹薬なんかも飲んではみたが、酷くなるばかりで良くなる気配はない。
そうして季節は巡り、秋も半ばになる。
明昊様と初めて会った時期から、丁度一周。あの時とは、置かれた立場も、気持ちも、体調も。全て変わってしまった。
そんな風に自嘲しながら、私は気分転換も兼ねて名凛と一緒に星天宮の中庭の花に柄杓で水を撒いていた。
「ねぇ名凛。明昊様は今頃何をされているのかしら? 天文時計も受け取りに来てくれないし。こちらから持っていった方がいいのかしら」
「天文時計が完成したという書簡は送ったのですよね?」
「勿論よ。……まぁ、相変わらずお返事は一切無いのだけど」
他の妃に夢中になる分には構わない。後宮とは本来そのようなものだし、彼が幸せに暮らしているのなら、それで構わないのだ。
それでも、私に興味が無くなったからといって、政に関する事の返事までしないというのは、いかがなものか。
「困っていた官吏達の気持ちが分かる気がするわ。明昊様って本当に何も伝えてくれないというか、意思伝達が苦手というか……頭脳明晰で優秀な人なのでしょうけど、対人能力が壊滅的なのよね」
……でもそれは、ずっと一人でいることを選んできたという明昊様の生を考えれば、仕方がないことかもしれない。
柄杓が桶の底にカツンと当たる。考え事をしながら水を撒いていたせいか、いつの間にか汲んだ水が無くなっていたようだ。
「裏の井戸まで水を汲みに行ってくるね」
「えっ、私が汲んできますよ? 結構重いですし」
「大丈夫。これくらいなら運動になるから」
「駄目です。ふらついて、井戸に落ちたらどうするのですか!」
名凛は私の体調不良をずっと気にかけてくれており、少々過保護になっていた。そんな彼女に桶を渡して水を汲みに行ってもらい、手持ち無沙汰になった私はしゃがんで、水をあげていた花々を眺める。
(おかしいな……今世の私は体調不良なんて無縁だったはずなのに。まるで前世で入院していた時みたい)
そんなことを考えていた瞬間だった。ずっと聞きたかった声が、風に乗って微に耳に届いた。たったそれだけで私の心は跳ねて、立ち上がり小走りで表へ向かう。
「星蓮様!?」
丁度戻ってきた名凛が驚いた声を出すが放っておいて、最短ルートで宮の入り口を目指した……のだが。
「──あら。では明昊様は今から星天宮へ?」
知らない女性の声がして、思わず私は木の影に姿を隠した。
「そうだな。やはり時々は姿を見せなければ」
「残念ですわ。もっと一緒にいたかったのに」
……目の前が真っ暗になって、心の音が止まるような心地だった。
(あぁ……私の元へ来なかったのは、やっぱり他の妃の元にいたから……だったのね)
いくら前向きで明昊様の幸せを願う私であっても、瞬間的に目を逸らしてしまいたいことは存在する。だから私は木陰に隠れたまま、彼らの姿を視界に写すことはない。……そんな勇気は、無かった。
「──許して欲しい」
相手の女性を想っているのが容易に理解できる柔らかな声色。龍帝らしい冷たい視線の何倍も私の心を深く抉ったそれは、きっと抱き合って別れを惜しんでいるのだろうと思わせるほどたっぷりの行間と余韻が含まれていた。
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