私の成すべきこと4

 明昊様の言葉が、黒という色のせいで民に受け入れられないというのなら。私の声で届ければいい。


「私が、上手く広めてみせます。民の間で星座の概念を広めて、空を見ればおおよその季節がわかるようにすればいいですよね?」


 私の趣味は天体観測。この国の人は夜空にも星にも興味がないので、今までこの趣味をわかってくれる人は居ないに等しかったが。

 自分が好きなことを広めて、それが明昊様の役に立つ。……想像するだけで、私は少々内心浮き足立った。

 

「星蓮には占いと、俺の相手以外をさせる気はないのだが」

「私ではお役に立ちませんか?」

「いや、そうじゃない。極力安全に宮の中で過ごしてほしいのだ。……実際に星蓮は皇太后に狙われている。これ以上黒き龍の妃が目立つのは危険だ」

「妃は妃でも下級妃ですし、現在後宮にいる妃は等しく『黒き龍の妃』です。そんなことを言っていたら、後宮の妃は皆自分の宮から一歩も出られなくなってしまいますよ?」

「いや、後宮の妃は外に出ないのが普通だから」

「──もう! じゃあ言い方を変えます。私は占い師として仕事がしたいので、日中は街に降りたいです。なんなら明昊様になんでもお願いを叶えてもらう権利を今ここで使いますからね!」

 

 明昊様に向かって完全に啖呵を切った形となってしまった。一方明昊様は、私がこんなところで権利を持ち出してくるとは思っていなかったようだ。全然納得ができないという顔をしている。

 完全に平行線に陥った私達であったが、それを楽しそうに見ていたお父様がようやく口を開き意見した。

 

「陛下。私が言うのもなんですが、星蓮は一度言い出したら聞きません。費用が高額になるので『天文時計の制作費用は自分で貯めなさい』と言えば、何年もかけて貯めるような子です。ある程度規制をかけた上で行動させてみる方が無難でしょう。私は娘を守るための金なら出してやれますが、娘の心の向き先まではお約束出来ないので」

 

 ぴくりと明昊様の眉尻が動くのが見えた。

 

「俺が何を危惧するかよく理解した発言だ。……許可するしかないか」


 私の説得では全く納得していなかった明昊様は、お父様の一言で態度を変えた。侍女を伴い護衛の兵を連れた状態なら、宮の外へ出て街に降りることを許可したのだ。


「こんなところで権利を使うのは勿体無いから、それは使わずに取っておくといい。その代わり、他の男からはニ十尺以上距離を取るように」


 (四メートルも距離を取るなんて、大通りでもまともに歩けないわよ!)


 ◇


「……それで、挙動不審な動きで行動する羽目になったのですね?」

「そうなの。流石に二十尺は無理だから十尺で許してもらったけど、厳密に守り続けるのは無理だわ」


 翌日。私は再び蘇家を訪れていた。ただし、本日一緒にいるのは明昊様ではなく、侍女の名凛である。護衛の兵も二人付いているが、男性なので明昊様の指示通り離れた位置からこちらを見守っている。これでは、いざという時に間に合わないような気もする。


「では昨晩、明昊様が星天宮から追い出されたのは?」

「……だって明昊様、やっぱり外に出したくないとか言って、私が外出しようとするのを阻止しようと企むんだもの」


 組み敷かれてしまえば、確実に私が負ける。翌朝は起き上がれない。だから昨晩は明昊様を宮から追い出した。お父様に怒られそうな話であるが……正直にそれを話せば、昨日の流れを見ていたお父様は、喉の奥で笑い私の味方をした。


「大丈夫、陛下はそれくらいでは蘇家も星蓮も切らないから。むしろ今頃、どうやって星蓮を守り繋ぎ止めるか必死で考えているだろうね。わざわざ趣味を堪能できる宮まで作ったのに、閉じ込めておけない妃が存在するとは考えていなかっただろうからなぁ……くくっ、あぁ可笑しい」


 二日連続で実家に戻ってきた私には目的の物が存在する。それを探すために、私は屋敷の奥へと進んだ。

 

 三年前に亡くなった流相お爺ちゃんは、優秀な星占い師だった。元々算命局の占い師なだけあって、その知識は私の比較にはならない。そして通常の星占いでは分からないような知識まで持っていた。

 例えば瓶座が空にある時期は水害に注意しなさいとか。星座の成り立ちのエピソードに混じって、時期ごとの生活の知恵も、私に沢山聞かせてくれた。純粋な星占いそっちのけで、今の時期はどのように過ごせば良いのかという話目当てでお爺ちゃんの元へやってくる客も居たくらいだ。……これを使えば、皆が星空を見上げてくれるようになるかもしれない。

 

 そう考えた私は、単純に「お爺ちゃんの部屋に、何か残された資料があるかもしれない」と思い、家探しをしにきたのだ。

 

 長い間使っていない部屋の引き戸を開けて、名凛には廊下で待機してもらいつつ、目的の部屋に入る。流相お爺ちゃんは自分の部屋を見られるのは好きでは無かったので、孫である私でもその部屋に初めて足を踏み入れたのは彼の死後。最低限の片付けをしているだけのその部屋内は、隅の方には埃が積んでいた。

 

「いつかこの部屋も片付けなきゃと思っていたけど。……そのままにしておいてよかった」

 

 まるでいつの日か私がここに来るのを分かっていたかのように、戸棚の見えやすい位置にある巻物には「季節ごとの生活知識」と題の振られた巻物が並んでいた。その隣の棚にはご丁寧に「季節ごとの作物」の巻物まである。


(そういえばお爺ちゃんの元には、今の時期に何を植えたら良いか相談しにくる人も多かったわ。前世と違って便利な工業化されたシステムも無いし、生きていくためには農作は重要。作物と関連づけて話すのもいいかも)

 

 私は目ぼしい巻物を手に取って、その内容を確認する。懐かしい字で書かれたそれは、まさに私が知りたかったこと全てを網羅しているかのようだった。稲は龍つがい座の一等光る星が東の空に見え隠れする時期に植えると良いとか、豆類は兎座が明け方に真上に来る時期が良いとか。私の脳内には懐かしいお爺ちゃんの声で、それらの情報が再生される。

 

「私がこういう状況になって来るのが、分かっていたの? ……どこまで見通していたの?」


 空虚に向かって問いかける声に、返事をする者はいない。ただ辺りには私が巻物を繰る音だけが響いていた。



「あら、星蓮! 昨日とは違ってお妃様らしい姿で素敵じゃない。今日も陛下と一緒……ではないのね?」

 

 蘇家の屋敷を出て街を少し歩けば、すぐに見知った顔に話しかけられる。よく占いを利用してくれていた、噂話好きな中年女性だ。丁度よかったと、私は内心ほくそ笑む。


「ええ。今日は占い師としてお仕事なの」

「お妃様になったのに!? ……大変だねぇ」

「ううん。私が占いの腕を上げたくてやってるの。だから占わせてもらってもいい? 無料でいいから!」

 

 そう言えば、断ってくる人はまず居ない。名凛にもっと客引きをしてくるようにお願いして、私はいつも通りの星占いを始めた。十二宮図を書いて、その人の未来を見通す。いつも通り前向きな言葉をかける。でも肝心なのはここからだ。

 

「じゃあ最後にラッキーアイテム!」

「らっきー、あい……てむ?」

「あ、違った。幸運を呼ぶための方法を教えますね」

 

 つい前世の言葉が出てしまった私は言い直して、占っていた中年女性の手に、実家から失敬してきた蕪の種を握らせた。

 

「もうすぐ春になって暖かくなり始めるから、十日後くらいにこの種を植えてね。育った作物を食べれば、次の秋までは元気に過ごせるはずよ」

「星蓮はどうして春が来るって分かるんだい?」

 

 目論み通りの質問が来て、内心満面の笑みを浮かべながら……私はいつも通りの微笑みを作った。


「先代の龍皇帝陛下は季節を毎回自ら調節していたけど、明昊様はより優秀だから、勝手に季節が巡るようにしたの。だから、季節の変わり目を私には特別に教えてくれて」


 目の前にいる女性の表情が、変わった。

 もちろんこれは嘘であって、季節は元々勝手に巡るものだ。

 でもそれは、普通の民は知らない。ならば……それを明昊様の手柄にしてしまっても、気が付かない。

 

「……へぇ、凄いねぇ! 黒き龍だから碌に何も出来ないのかと思っていたけど、逆に優秀なのかい?」

「ええ。目立つのが苦手みたいで、色々やってるのにひけらかさないのよ」

「そりゃ知らなかった。噂は当てにならないね」

「それで、私が星好きでしょう? だから星を目印に、季節が巡るようにしてくれたのよ。東の空に弓座が見え始めたら、春がやってくるのですって! ほら、弓座ってこんな並びの星達でね? 龍皇帝陛下の弓矢が冬を割って、春に導くのよ」

 

 私は持っていた十二宮図の端っこに星の並びを描いて見せる。今までは星に全く興味を持たなかった人が興味深げに私の手元を覗き込む様子に、私は内心飛び跳ねたいような心地だった。


「星蓮、あんた本当は……惚気に来たんだろう? 幸せそうでいいわねぇ。でも、特別に教えて貰ったことを、私なんかに伝えていいのかい?」


 むしろ私の狙いはそこだ。昨日明昊様が私を溺愛する様子を見た街の人は、明昊様に対する態度を軟化させた。星座の話を結びつけて話せば、きっと溺愛エピソードに加えて星座の話も噂に乗せて広めてくれる。

 許可を取ってあるから大丈夫だと伝えれば、その中年女性は良い話のネタを仕入れたと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

 私はその後も沢山の人を占って……毎回律儀に明昊様に対する惚気に見せかけた『星を目安に季節が移り変わる』話を繰り返した。おかげで一日でかなり噂は広まってくれたように思う。帰り道でも「ねぇ知ってる? 陛下が、春はもうすぐって言っていたらしいよ」という噂話が聞こえてきて、名凛とこっそり手を握って喜び合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る