私の成すべきこと2
私は椅子に座った明昊様の正面に膝をついて彼の手を握り、笑みを浮かべて少しだけ首を傾げた。
「私は明昊様をお助けして、力になりたいと思っています。だから、本当のことを教えてください」
(明昊様は算命局の人達が追ってきているのを知った上で、ここに逃げ込んだのよね? ただ撒くために後宮に隠れたのなら、後宮の中で比較的奥にあるこの宮まで来なくても良かったはず。明昊様は私に……あえてこの状況を見せたかったのよ)
明昊様の思考としては、いくつか考えられる。
「私と算命局が繋がっていないか知りたかったのですか? 私も占い師ですし、流相お爺ちゃんが算命局出身ですから訝しまれるのは当然ですが、何ら繋がりはありません」
私が後宮に入った時に彼らが反対しなかったのも、疑うきっかけとなったのかもしれない。
「もしくは、明昊様は何かしら現状の解決策をお持ちで、それに私が関係していますか? だから困っている現状を私に見せて、交渉を円滑にしたかったのでしょうか。男子禁制の後宮まで追って来られるなんて、相当ですよね」
明昊様は『交渉は相手の退路を絶ってから』と言うような人だ。策がないと言いつつ、実は何か隠している可能性も高い。
「ハハッ、星蓮には敵わないな。思わず両手を上げたくなるが、それすらさせないように手を握っているのか?」
そう目を細めて笑う明昊様は、表情に騙されそうになるが……私の質問に全く答えない。それほどまでに私には言い難い内容なのだろうか。
明昊様が私に告げるのを躊躇う事柄で、現状の解決を図れるものは……恐らく一つしかない。
「手は偶然です。あと、明昊様が欲しいのは……私の天文時計ですね?」
明昊様と出会ったあの日に、私の不注意で壊れてしまった天文時計。空に浮かぶ星座の位置まで分かる天文時計があれば……星座に対応した『季節』が分かる。
そこまでこちらから口にすれば。……流石にこれ以上誤魔化されはしなかった。細められていた目は閉じられて。その瞼が開いた時に金の瞳に浮かんでいたのは憂いだった。
「……早く交渉しなければとは前々から思っていたのだが、あれは星蓮がやっとの思いで作り上げた品。今は壊れてしまっているが、星蓮の宝を簡単に譲ってくれとは言い辛かった。黒き龍である俺を受け入れてくれた星蓮に、嫌われるような真似はしたくなかったんだ」
「私はそれくらいで明昊様を嫌いにはなりません」
「いいや、分からない。なんたって星見が趣味の星蓮が六年もかけて費用を貯めたものだ。それを修理費はこちらで持つからと、簡単に奪ってしまうのは気が引けるし……星蓮に嫌われるくらいなら、国なんてどうでもいい」
その言葉は、正しい星占いの結果を知る私の思考に一抹の不安を残す。
(……ううん、これは言葉の綾よ。だって明昊様にとって一番大切なのはこの煌龍帝国のはず)
「それでも、客観的に季節の巡りが把握できる指標が出来れば、黒き龍である俺の言葉を信じない奴らも異を唱え難くなる。作物だって育てやすくなる。先代龍帝は自分で季節を調整出来ていたが、不出来な俺にはそれが出来ない。……それを他の手段で補うにも、現状星蓮の星見と天文時計以外で季節の巡る時期を把握する手段が無いんだ。だから……」
譲ってくれないかと問う声は小さくて、聞き逃してしまいそうな程だった。
「……もちろん、謝礼はする。修理費も俺が持つし、星蓮が望むなら新しく同じものを発注してもいい。星蓮が嫌と言うなら、諦めるから……今すぐに返事を貰えないだろうか? 嫌われるかもと心配し待つ時間が、苦しくて耐えられない」
「そこまで心配ですか……? 確かに天文時計は大切な物ですが、明昊様のためなら喜んで差し出します。どうしても気になるのであれば、引き換えに『何でも願いを叶えてもらえる権利』をください。それで手を打ちましょう」
「俺から離れたいなんて願いは権利対象外にしても良いのなら」
どこまで心配性なのかと思ったが、だからこそ言い出せなかったのだろう。そもそも、そんな願いを口にする気などない私は、明昊様が安心できるように、彼の手を握る力と微笑みを強めた。
◇
私は明昊様と一緒に、久しぶりに帝都に降りて来た。後宮の妃が簡単に来られるような場所ではないと分かっているのだが、明昊様は文句を垂れながらも私の主張を受け入れた。
「後宮の妃とは本来、宮の中で着飾り龍帝に愛されるために存在するもの。俺は星蓮を宮から出したくなくて外出すら禁じていたのに……やっぱり嫌だ。星蓮が自ら天文時計の修理を頼みに行かずとも、使いの者を送れば済む話だろう」
「だから明昊様も身分を隠して一緒に来たのでしょう? それに我が子のように大切な天文時計なのですから、私自ら修理に出したいし、仕様の変更もお願いしたいし」
私達の格好は平民に紛れる長衣。しかし例の如く明昊様は滲み出る気品が隠しきれていないし、私は髪色が見えると遠目でも誰だか分かってしまうので、頭から布を一枚被っている。以前明昊様の白檀の香りが消し切れていなかった点に関しては、私の指摘で改善された。
「しかし変な男が湧いて出ることだってあるだろう。実際に星蓮は以前大柄な男に襲われそうに……」
「もう! 明昊様、これは政の一環です。私を独占することよりも、民の利益を一番に考えてください。私の代わりとなる妃は沢山いるのですから」
「……星蓮の代わりなんていない」
昨日からこの手の発言が多く私は閉口したが、ここで歩みを止めるわけにはいかない。明昊様を引き連れて、目立たぬように細い路地を歩いた。そして一軒の鍛冶屋に辿り着く。
「鍛冶屋のおじさん!」
「──!? その声は、星蓮じゃないか!」
どうやらこの辺りの住民は、私が後宮に連れていかれたのを知っているらしい。もう二度と会うことはないだろうと思っていた所に私が現れたので、ひっくりかえりそうな程に驚かせてしまった。その鍛冶屋のおじさんの一声で、周囲の住民が私目当てで集まって来てしまう。
「星蓮、こんな場所にいて大丈夫なのか!?」
「まさか逃げてきたのかい?」
口を挟む間もなく話しかけられて、沢山の人に囲まれてしまう私であったが。その輪の中から私を引っ張り出すようにして、明昊様が私を抱きしめる。同時に、今まで煩かった人々は水をうったかのように静まった。
「ちょっと明昊様! こんなことをしては、お忍びで来た意味がっ」
「……どうして星蓮はこうも人たらしなんだ。やっぱり無理だ。今すぐに帰ろう」
そんなことを早口で口走って撤退しようとするので、私は慌てて止める。
「いい加減にしてください。このままでは国が良くならないでしょう!」
「それはもういい、俺がなんとかする。帰ったら三日三晩星蓮の好きな天体の話を聞いてやるから、俺の我儘を聞いてくれ。頼むから」
「全然良くないです! 明昊様絶対に『あの時こうしておけば──』って後悔しますからね!? 私は、立派な龍帝である明昊様が皆に誤解されるのも、明昊様が後悔するのも嫌です!」
「俺は、星蓮が皆に奪われてしまう方が嫌だ!」
人前だというのもすっ飛んだ状態で、私は明昊様と言い争ってしまう。
「星蓮。もしや、そちらが龍皇帝陛下なのかい?」
鍛冶屋のおじさんがポツリと呟いた一言で、私達の言い争いは止まった。同時に皆大慌てで身を低くして地面に額を擦り付けるかのように頭を下げる。怯えてガタガタと震えている者がほとんどだ。
どうすればいいのか分からず明昊様を見上げると、彼は「いつもの事だ」と平然と話す。
「……私、皆が明昊様の素晴らしさを分かってくれるように話してきます」
「必要ない。俺には星蓮だけ居てくれれば良いから」
この状況でもベタベタと肩を抱いてくる明昊様を目の当たりにして、頭を下げていた皆は少し視線を上げる。そしてコソコソと話し始めた。
「思ったよりも……人間らしいのだな。陛下って」
「あの人当たりの良い星蓮が、ここまで言うんだ。性格面では意外と悪い人では無いのか?」
「でも……独占欲強すぎよね」
皆口々に明昊様に対する感想を述べていたが、その一人が「でも陛下の逆鱗に触れた者は後で処罰されるって聞いたぞ。先代と違って礼儀に厳しいって噂もあるし、なんせ虎鉄は……」と思い出したくなかった名前を口走ったことで、皆が再び一斉に地面に額をつけるようにして身を低くした。それを見た明昊様は若干気まずそうに、静かに口を開く。
「……星蓮に手を出されなければ何もしない。人としての最低限の節度を持って接してくれるなら、礼に厳しい方でもない」
その言葉を受けて、皆の緊迫感が少し薄まったように感じた。
「……怖いって聞いてたけど、ただ星蓮を溺愛して嫉妬深いだけかぁ」
「尾鰭がついて、話が大きくなっていただけなのね。心配して損しちゃった」
(なんだか明昊様への印象が変わったみたい? 恐ろしい龍帝というイメージを持たれるよりは、妃に入れ込んでいる龍帝の方がマシだから、黙っておこうかな……)
妃に入れ込んでいる龍帝もどうかとは思うが、恐怖心で震え上がられるよりはよっぽど良い。
「……凄いな。ただ星蓮を独占していただけなのに、場の空気が柔らかくなった。星蓮、どのような術を使ったのだ?」
「私は何もしていませんが……とりあえず、昔から皆と関係性を築いてきて良かったとは思いました。ちなみに、人としての最低限の節度とは?」
「あぁ。毒を盛ったり、刃物で覆ったりしないことだな」
「……明昊様に聞いた私が悪かったです」
今まで彼が生きてきた壮絶な世界を想像し、私はため息をつきつつ……鍛冶屋のおじさんに今日の要件を話した。
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