私の成すべきこと1
「陛下! いい加減、算命局の意見を聞いてもらわねば困ります。我々はこの煌龍帝国を良くするために、身を粉にして占っているわけであり! それを陛下の我儘一つで無駄にされては、民の血税ごと屑箱に捨てているのと同義だ」
妃となって丁度一ヶ月の日。いつも通り星天宮に居た私の元へ、いつもと少々様子の違う明昊様が飛び込んできた後。宮の周りを多勢の男達が取り囲んだ。
名凛ら侍女達は訳が分からないと顔面蒼白だが、明昊様は事情を把握している様子であった。
「……男子禁制の後宮に逃げ込めば追って来ないと思ったのだが。無闇に後宮に侵入し星蓮を怖がらせた罪で、全員打首にしてやろうか」
「明昊様。私は怖くありませんが、侍女達が怖がっていますので説明を求めます」
ひとまず私は落ち着いて、明昊様に事情を尋ねた。全く怖がっていない私に、彼は何故か不満そうな顔をする。
「『祈らずとも勝手に季節は巡る』を主張し続けていたら、各所の怒りを買った」
「……は?」
「まず『季節の管理は神聖なものであり、それを龍神が行うのは絶対』と解く皇太后派が良い顔をしなかった。先代の功績に泥を塗るようなものだし、輝天の時代への影響も考えてのことだろう。そして皇太后派の人間が殆どの、行政執行機関『尚書省』が、占い師が所属する『算命局』を味方につけて、都合の良い占い結果を用いて俺を黙らせようとしている」
(それって、もしや明昊様が言葉足らずなのでは? 常識を覆すような主張を繰り返されれば、不安に思うのが当然な気もするけど)
「それだけなら、痛くも痒くもない。いくら物理的に俺を殺そうとしても、そう簡単に殺されてやる気は無いから。しかし俺の方も星蓮の知識をそのまま利用しているだけで、主張を続けるだけの決定的な証拠が無い。平行線ゆえに放置していれば……こんな場所まで追い回される羽目になってしまったというわけだ」
非常に良く纏められた説明で、この状況に陥った理由は良く分かった。そして、三者三様の立場や考え、思惑や不安まで……分かるような気がする。衝突してしまうのも当然な気がして、私は思わず頭を抱えそうになった。
「陛下、我々の占いが間違っているとでも言いたいのですか!?」
「そこに居る星天妃は、占い師でしょう! 彼女に占わせてみればいい。我々が正しいことが証明されますから!」
「……煩い。警告を発するばかりで解決策も無く、踠き苦しむ様子を上から見下すような、算命局の占いは嫌いだ。そして関係のないはずの星蓮も巻き込もうとする尚書省の奴らも大嫌いだ」
嫌悪感を口にした明昊様は、勢い良く窓を開く。そして騒ぐ男達を一蹴した。
「散れ。今お前達の命があるのは、星天妃が寛大な心で許したからだ。……俺は黒き龍だから、お前達の家族まで不幸の底に突き落とすことが出来るが、それが望みか? 心配せずとも俺の頭の中にはお前達全員の名前も住まいも、家族構成まで全て入っているぞ」
誰であっても家族を質に取られれば弱い。悔しそうに散っていった人々は、明昊様の脅しに屈した形となった。
「星蓮、騒がせて申し訳なかった」
「私は大丈夫です。でもあんな事を言って良いのですか? 明昊様は人を不幸に突き落とすような人ではないのに」
「今更だ。俺の場合、ああ言う方が効率的だろう」
脅すような事をするから、余計に恐れられてしまうのではないだろうか。もっと上手く立ち回ることができれば、反発も減るだろうに。
(もしや私の宮に仕事を持ち込んでいたのは、彼らに追い回されていたせいなのでは……?)
しかも、季節は手を加えずとも巡る話をしたのは私。となれば責任を感じてしまう。どうにかこの状況を改善してあげたい。
「──っ、明昊様! 占って差し上げますから、そこに座ってください!」
無理矢理明昊様を椅子に座らせて、私は十二宮図を書いてある紙を手にして卓に広げた。今日ばかりは前向きな励ましではなくて、流相お爺ちゃんに教えてもらった星占いで、正しく明昊様の未来を見通してみたい。
しかし私が導き出した結果は……あまり良いものではなかった。正確に言えば『龍帝として人の上に立ち生きる』には、あまり良い結果ではなかったのだ。
能力が低いとか、そういう意味ではない。ただ明昊様は、自分の大切なものは内に入れて、宝のように大切にしたい人。その宝物のためなら、他は切り捨てられる非情さと、それをやり切るだけの強さを持ち合わせた人。しかしその非情な行いから目を背けることはできず、ずっと贖罪の心を抱えてしまう人。
その結果から、私は初め出会った頃の明昊様を思い浮かべた。国を思って思わず後ろ向きになりながらも、諦めたくなくてもがく……きっとその『大切なもの』は国なのだろう。
龍帝として上に立つには、繊細な印象が否めなかった。強さゆえ、その繊細さで崩れ去ってしまうような……そんな不安定さを感じさせた。
しかし明昊様は幸せになれる。そこは流相お爺ちゃんの占いでもお墨付きのようだし、その『幸せ』の内容は分からないが、私の占いでも明昊様が修羅のような道を乗り越えて、幸せを掴む未来が示されていた。ただしその修羅を超えるためには、前向きな努力を重ねる必要がある。
努力を重ねる点に関しては、真面目な明昊様なら大丈夫だろう。問題は前を向けるかどうかだ。
「ちなみに、算命局の占い師に明昊様自身を占ってもらったことは?」
「占ってもらうというか、奴らは勝手に占って、押し付けがましく意見していく。背中を刺されて死ぬやら、大切なものを失った悲しみで正気を失うやら、いつも好き勝手言ってくれる。……そういえば星蓮を妃にした時は、同じ占い師だと知っていたせいか算命局だけは反対しなかったな」
「算命局以外からは反対意見が出たのね」
「俺が何かをすれば必ず反対意見だらけになるから仕方がない。国が滅ぶやら、太陽が消え去るやら、算命局の奴らは基本悪いことしか言わない。だからそれを利用して尚書省の奴らが『じゃあ陛下が考案したこの政策は廃案にしましょう』と持っていくのがお決まりだ。尚書省の奴らは皇太后の手先だから、俺が無能であればあるほど喜ぶ。対比で輝天がより優秀に見えるからな」
「手先って……」
明昊様は「好き勝手に言ってくれる」と言うが、算命局の占い師たちが見て忠告しているのは、私が「修羅のような道」と表現する部分についてなのではないだろうか。
そこで諦めて折れてしまうと……想像したくもないような悲しい未来に足を踏み入れてしまうということなのではないだろうか。
ならば私は……それを理解した上で、彼をより良い幸せな未来へと導いてあげたい。
龍帝としての幸せに拘らず、ただ『明昊様』が修羅の道を乗り越えて、心から幸せに笑える未来へ。
きっとそれが、彼に好意を抱き、妃として求められた私の……成すべきことなのだ。
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