黒き龍2

「現在の龍帝になってから、不幸ばかりだ。地面が揺れ割れたり、夏に雹が降ったり、季節の巡りが悪い。季節がなかなか変わらない上冬が長いのは、無能な龍帝のせいだと言われている」

 

 この煌龍帝国では、龍帝はその鱗に願いを託して、季節の巡りを管理し、気温調整を行なうとされている。

 しかし前世の記憶がある上、流相お爺ちゃんから星の知識をもらっている私は……それこそ逸話だと思っていた。


(そもそも、季節って惑星の公転で勝手に巡るものでしょう? そこに龍帝は関係ないと思うわ。確かに今年の夏は冷夏だったけど、私からすればちゃんと四季はあったもの)


 更に言うならば、地割れは地震だから仕方ないし、雹はそもそも初夏に多いものだ。


「……過去の龍帝が当たり前にしていたことが、今の龍帝には出来ない。暖かくなって欲しいと鱗を剥いで願っても、願いが天に聞き届けられないのだ」

「どうしてか聞き届けられないのか、理由をお伺いしても?」

「龍神の鱗は願いを叶える秘薬とも言われ、龍帝はその鱗を民のために剥いで祈り、民の願いを叶える。しかし龍神は各々叶えるのに得意な分類の願いと、苦手な分類の願いが存在する。現在の龍帝も、その弟である白き龍も、どちらが願っても季節は巡らなかった」


 私からすれば、それは当然の話のように思える。龍神の祈りたった一つで季節が巡っていたなんて信じられない。


「不幸が多いのは、黒き龍が民から恐れられているのを考慮し、空を舞わないのが原因なのだろうか?」


(これって……天災はまだしも季節は勝手に巡るのだから、そのうち解決する悩みよね? でも明昊様は真剣に悩んでいるようだし……)


 だから「時間と共に解決しますよ」なんて言えず。彼の真剣さに対し、真正面から向き合うことにする。

 

「……なるほど。つまり、どうすれば陛下が力を発揮できるか知りたいのですね?」


 私は持っていた占いの道具を入れてある袋の中から、紙の束を取り出した。円形の図形がすでに描かれてあるその紙を一枚取って、地面に轢く。そして筆巻から細筆を一本取り出して、携帯用の墨壷に浸した。


「陛下の生年月日はお分かりになりますか?」

「え? あ、あぁ。分かるが……」


 私はその五十年ほど前の日付を聞いて一瞬頭を捻った。陛下はまだ年若いと噂で聞いていたからだ。しかし龍神族であるという事情を思い出して、一人で勝手に納得する。


(そっか。龍神族は長命だから、五十歳でもきっと若い方なのね)


 そんなことを考えながら私は円形の図形の中に星を示す点とその動きを記載していく。明昊様はその様子が気になったのか、ジっと私の手元を見つめていた。


「……この丸い図は?」

「これは十二宮図と言います。星占いは、『人の中に輝く星達が、どのような役割を演じて、どのように動くか』によって占うものです。そしてこの図がそれを示したものですよ。まるで紙の上に星空が広がるようで素敵でしょう?」

「生憎俺にはただの線と点が繋がった模様にしか見えないのだが、これで分かるのか。面白いな」


 私は占いのやり方について簡単に彼に説明する。興味深そうにする彼を横目に十二宮図を完成させた私は、彼に説明を始めた。

 

「まず陛下の基本的な性格などからお話しますね。陛下は、意思の強いお方です。問題に対して孤高に立ち向かっていく様がそのように評価されるようですが、少々言葉足らずで……勘違いを生んでしまうこともあるようです」

「強いかどうかは分からないが、孤独であるのは正しいな」

「あえて一人で居ることを選択し、自分自身を守っているお方です。でも本当は寂しがりやで……油断すれば大真面目に後ろ向きな思考をしてしまう方です。共に前を向いて生きてくれる人が欲しいのですね」


「不敬だ」と注意されてしまうのを警戒して言葉を選びつつ話す。しかし明昊様は私に視線だけで「続けてくれ」と合図した。


「……その願いは数年で叶いそうです。こんなことを申し上げていいのか分かりませんが、陛下には想い人がいらっしゃるようで」

「驚いたな、正解だ。その想い人とはどうなる?」

「そのお方かどうかは分かりませんが、将来的には誰かと結ばれて、幸せな人生を歩まれるようです」


 結ばれるまでに一悶着あるようだが、それは告げるべきでは無いだろう。明昊様は龍皇帝陛下のためにこれほど思い悩む大真面目な人なのだから、余計な心配はかけるべきではない。


「そうか……良かった」

「陛下のことが本当に大切なのね」

「ん……いや、そういうわけではないが……それで、陛下はどうすれば民のために上手く立ち回れる?」

「そうですね……」


 私の解答はそこで一旦止まる。


(この占い結果だと、陛下は将来的に何かを支え補助するという意味になっているわ。龍神様の治めるこの国で一番上に立つのが陛下。……誰を支えるというの?)


 分からない。でも迷いある答えを告げてしまえば、明昊様が困ってしまう。

 だから私はそんな戸惑いを一切表情に出さず、お得意の微笑を浮かべた。


「陛下にも、その心内を解ってくれる人がいらっしゃいます。その人の言葉に耳を傾けて、その言葉を信じ支えとして問題解決を図れば良いと、お伝えください」

 

(そもそも私が得意なのは、星占いと称した励まし。ただの星好き占い師には、大真面目な政の解決策なんかは分からないから……これくらいふんわりした回答でも許されるわよね?)

 

「そうか……ありがとう。ちなみに星蓮が陛下であれば、次にどのような行動に出る?」

「私が陛下だったらですか……?」


 そう問われても、私は陛下の公務も私生活も全く分からないので想像出来ない。しかし明昊様の視線が真剣そのものだったので、私は困ってしまった。


(私が陛下だったら……季節に関しては勝手に巡るのだから放っておくけど)


 明昊様は「何を言っても不敬とは取らないから。教えて欲しい」と、私の手を両手で握りつつ訴えてくる。

 ……私は観念して、考えていることを話すことにした。

 

「あと二ヶ月もすれば暖かくなってきます。その直前に鱗を使って、祈ったおかげで季節が巡ったと見せかけるとか」

「待ってくれ。どうして二ヶ月で暖かくなると分かるんだ?」

「……季節は、勝手に巡るものだからです。実は星空を見れば、次の季節がいつ頃やってくるのか分かるのですよ」


 私は薄闇に染まりつつある東の空を指差す。

 

「東の空に弓座という星座が見え始めたら春は間近です。弓座は、龍皇帝陛下の弓。陛下が放つ矢が寒い冬の空気を割って春を呼ぶと言われているの」


 かつて流相お爺ちゃんが教えてくれた逸話を、そのまま明昊様に話す。しかし彼は首を捻ったままだった。

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